閑話13 阿修羅
【シルヴィア視点】
雨の中、朱雀寮を後にし、マクラレン侯爵領へ向かって羽ばたく。
先程は危なかった……。
旦那様のご尊顔が近付いたあの瞬間、私はキスをされてしまうのだと思って過剰に反応してしまった。
だがこれはきっと主の感情が流れ込んできただけだ。
……だけなのだ。
決して私自身が旦那様に恋をしているなんてことはあってはならない。
これは主の気持ちが共有されているだけ。
きっとそうだ。
決して私の気持ちだと思ってはいけない。
だから、この気持ちは墓場まで持っていくと決めた。
『馬鹿ね……。貴女がソラきゅんを好きなことくらいとっくにバレているわよ……』
『な……!?主……!』
急に頭の中から聞こえてきた主の声に心底驚いた。
必死に隠していたのに、一番知られてはいけなかった主に知られてしまっていた。
『感情が流れてくるんだから当たり前でしょう?』
『も、申し訳……』
『いいわよ……貴女は私の一部みたいなものなんだから。むしろ、貴女がソラきゅんに恋をしなかったら怒っていたわよ……』
『あ、主のお心を疑ってしまい申し訳ありません……。それに知られていたとはいえ、旦那様に心を寄せてしまったこと……重ねて申し訳ございません……』
『相変わらずクソ真面目ね……。別に構わないわ。それだけソラきゅんが魅力的だということだから……。でもそうね……私が貴女がソラきゅんとくっつけば、実質貴女は私なのだし……』
『あ、主ッ!?』
なんてとんでもないことをお考えになるんだ……!?
ただでさえ私は主のときめきと私のときめきが重なり、旦那様といるときは胸が苦しいほどであるというのに……。
それ以上になってしまったら、一体どうなってしまうのか……。
『シルヴィは私の理想の女性像として作ったのだから、二人がくっつけば最強じゃない!私は壁にでもなってそれを見守るの。ふふ、ふふふふ……我ながらいいアイデアね……!』
主がご乱心だ。
『失礼ね、わたしはまともよ!でもそうね……貴女を私の恋愛感情に巻き込んでしまったことに関しては申し訳ないと思っているわ……』
『主……』
私を作ったのは主だ。
私のことは主の好きになされば良いというのに、こうして一人の人として扱ってくださる。
そうこう言っているうちに私はマクラレン侯爵領に着いた。
屋根裏から入ると、話し声が聞こえてきた。
「今日はたいそう娘の機嫌が悪くてな……」
「それも暫しの辛抱でございますよ!」
「侯爵は、我々にお任せてくだされば良いのです」
大雷の落ちる音。
私と主の意見は一致したようだ。
私は天庭から大剣を取り出し屋根裏の天井を破壊し、羽を使ってゆっくりと降りた。
「な……!?」
「だ、大天使様!?」
「ど、どうしてここに……!?」
こめかみに青筋を立て、剣をオルドリッジ伯爵へ突き立てる。
「貴様らの木偶人形がシエラ・シュライヒ様に毒をかけた。それが何を指しているか分かるか?」
私なりの最後の慈悲だ。
自分から気付いて謝るなら、あとはハインリヒの王にでも引き渡して裁かせようと思っていた。
「な、なんのことでございましょうか……?」
こいつ……!
剣を床へと突き刺す。
「ぐあっ!」
「ぐほぉっ!」
私はゼラ男爵を壁に殴り飛ばし、オルドリッジ伯爵を蹴りで跪かせる。
「シエラ・シュライヒの名で学園に通われている御方こそが、第百代大聖女、カナデ・ソラ様であらせられる。ここまで言えば、いくらオツムの足りない貴様らでも理解できるであろう!?」
「!?」
髪を引っ張ってオルドリッジ伯爵を殴る。
今更気付いた顔をしても遅すぎる。
「我が主の初めての神罰だ。光栄に思え!」
雷が私に落ち、雷電を身に纏う。
「お、お戯れをうふっ!?」
問答無用で顔を殴った。
雷を纏った手は顔にジュッと音を立てて焼く。
「あがっ……!」
ゼラ男爵も頭を蹴飛ばし、二人を角にまとめた。
「奥方様のお慈悲に一生感謝しておけよ……。生かすつもりなど毛頭なかったが、奥方様に殺すなとお願いされたからな……」
翼を広げ拡声魔法をかける。
<――告げる>
<オルドリッジ伯爵とゼラ男爵は自らの子供に体罰をし、あろうことか良民に毒をかけ、さらには大聖女ソラ様を侮辱した。エリス様は始終を、すべてを見ておられた。二人の伯爵位と男爵位はエリス様の名の許に、これを褫奪する>
怒りは収まらないが、奥方様の望みなのだから、仕方ない。
<エリス様は常に世を見ておられる。これ以上、私とエリス様を失望させるな――>
告げを聞いて呆けていたマクラレン侯爵に、私はアドバイスしてやった。
「貴様も変な奴らに好かれるようだが……仲良くする相手は選ぶんだな。本当は貴様にも神罰をと思っていたが、何もしなかったのは貴様の娘が奥方様の友達だからだ」
「リ、リリエラが……?」
「そうだ。精々娘に感謝するんだな。二度目はないぞ。それと……」
私は大剣をうまく使い、二人を持ち上げて侯爵に向けて投げる。
「奥方様はやり直してくれることに期待し、慈悲深くもこいつらの罪を軽くと希望されている。二人の娘は奥方様が預かるそうだが、こいつらの更正とその領地については貴様に任せることにする。……貴様もこれ以上、我が主と奥方様を失望させるなよ?」
私は雷で穴の空いた天井から出てリカバーで屋敷を元に戻し、主のいる天庭へと戻っていった。