閑話12 朱雀寮
【フローリア視点】
聖獣様にお乗りになったソラ様が去られ、朱雀寮はまるで台風が過ぎた後のように静かになった。
その静寂がひどく怖く感じた私は、当たり障りのない会話をすることにした。
「ええと……エルーシア様と呼んだ方が?」
メイドさんとはいえ、聖女院に所属しているお方。
聖女院に属した時点で身分はすべてなくなるけど、逆にいえば聖女さまに身分を保証されているということでもある。
そういう意味では、たとえ貴族様でも逆らえない。
私達市民は尊敬の意味も込めて聖女院で働くお方には"ルーク様"のように様をつけるし、王族や貴族の方は殿を付けるのがならわしだ。
「い、いえ。私は平民の出ですから、敬称も敬語も不要です……。確かに聖女院のソラ様専属メイドではございますが、それ以前に聖女学園の一年生ですから」
「エルーシアちゃん……」
「私は、ソラ様から呼ばれている『エルーちゃん』が大好きなんです。ですから、皆様も呼び捨てで呼んでくださると嬉しいです」
えへへと笑うエルーシアちゃんはとても可愛らしい。
流石、大聖女さまの専属メイドとなると謙虚さも可愛らしさも一流だ。
「分かったよ、エルー君」
「分かったわ、エルーちゃん」
私も大聖女さまにならって、そう呼ぶことにした。
「フローリア殿、少しよろしいでしょうか?」
「はい」
ルーク様に呼ばれる。
凛々しい姿が寮母仲間に評判のルーク様。
お会いするのは二度目だけど、間近で見ると皆がそう言うのも分かる気がする。
「この二人を、朱雀寮に置いては頂けないでしょうか?」
「セラフィーちゃんとシェリルちゃんを、ですか?」
「ええ。流石に聖女院から学園に通うのに毎度ソラ様の置かれたワープ陣を使うのはソラ様の負担となってしまいます。それにソラ様ご本人も危惧されておりましたが、聖女院から通うというのはいささか外聞が悪いかと」
確かにそう。
いち生徒が聖女院から通うのなんて見たら、それこそ嫉妬に溢れてしまう。
「どうやら、A・Bクラス合同寮の白虎寮は満員らしいのです。それに、以前お伺いした時にこちらはまだ空いているとお聞きしたものですから」
「……」
黙る私。
「なにか問題がおありで?」
私は、少し自信を失っていた。
私はちょうど第97代聖女のジーナ様が行幸で西南の村にいらした時に産まれた。
ジーナ様は折角だからと私に名付けをしてくださった。
『花が咲いたような笑顔』からフローリアと名付けられた私は、その名に恥じぬように生きてきたつもりだった。
「私は、寮母失格なのです……。ソ……シエラちゃんにあんなことが起きている事にも気付けず、寄り添ってあげられませんでした。」
「そんなこと、ありませんっ!」
エルーちゃんがそう言ってくれる。
「ソラ様は前の世界でいじめられておりました。学校にも家にも居場所がなかった……楓様のほかに世界に誰一人として味方がいなかったと、そうサクラ様から教えていただきました」
「……」
大天使様もそう仰っていた。
それがどんなに凄絶なことなのか、私達には計り知れない。
「でもこの世界にいらっしゃって、私を……私達を助けてくださいました。疫病から私達を守り、今もまたこうして魔物退治に奔走されておられます……。ご本人のことは顧みないお方ですが、誰よりも他人を大事になさるお方です」
大聖女様は、だれよりもお可愛らしく、でもすることはかっこよく、慈愛にあふれている。
神様でさえ恋をしてしまうようなお方だ。
私が目指すべき、すばらしい女性だと思う。
「そんなソラ様はこちらにいらしたその日に、この朱雀寮の皆様に感謝を述べておられました。『偽りの私だけど、朱雀寮の皆さんは良くしてくれて今が幸せだ』と……」
「ソラ様……」
「ですからこの朱雀寮はソラ様にとって……いいえシエラ様にとって、"帰るべき家"であってほしいのです」
そう言ってエルーちゃんはまるで祈るように両手を合わせる。
「ソラ様は、私達の到底かなわない魔物と戦って、またいつものようにご無理をされてお戻りになると思います……。ですから、皆さんで暖かく『おかえり』と、迎えていただきたいのです」
「それだけで良いのですか……?」
「私達にとってはきっと些細なことかもしれません。ですが、今のソラ様にとってはそれが大切なことなのです」
大聖女さまが信じてくれるのなら、きっと大丈夫かな?
エルーちゃんは若いながらも本当に優秀なメイドさんだなと思いながら、私は頷いた。
「わかりました。さ、皆で夕食にしましょう!ほら、セラフィーちゃんとシェリルちゃんも今日からこの朱雀寮の一員なんですから!ふふ、良かったらルーク様もいかがですか?」
「ではご相伴に預かりましょうか」
「ええっ!?ルーク様もご一緒してくださるの!?でしたら是非、普段のソラ様のお話を!」
私には何もお手伝いは出来ないけど、寮母としてならできることはある。
まずはシエラちゃんが帰ってきたときにみんなで元気良くお帰りなさいと言えるように、英気を養わなくちゃ。
そしてみんなで迎えて、みんなで癒して差し上げよう。