第47話 悲憤
「体調は大丈夫ですか?」
「ええ。今しがた我が主から直接お力をいただきましたので、この通りピンピンと!」
顔色は良いみたいだ。
感覚を共有しているだけでなく、直接力を送れるんだ……。
すごいな神様……。
でも治ったという証拠がないので、一応確認のために額の冷却シートを外し、額と額をくっつける。
「なっ…………!?」
「こういうのは、本人が虚勢を張っていることもありますから。熱は……なくなっているみたいですね。でもなんだか……顔が赤くないですか……?」
「な……なななっ……そ、そういうことは……こここ心に決めた人とっ!するべきですっ!!」
シルヴィアさんは顔が真っ赤になり羽をバタつかせる。
別に熱を測るのは、そんな意気込みですることではないと思うんだけど……。
「ソラ様、今皆びっくりしましたよ……。てっきりキスするのかと……」
「あっ……」
そういうことか……。
僕自身が男だということを忘れてどうする……。
そう思うと、シルヴィアさんってすごく美人……って違う違う!
「ち、違いますからっ!そ、それよりっ!どうして倒れたのか、聞かせてもらえませんか?」
「それは……私の不甲斐なさのせいです……」
「ええと……詳しく話してもらえますか?」
要領を得ない回答に、聞き直す。
「は、はい……奥方様が安心して学園生活を過ごしていられるように、魔物たちの侵攻を食い止めるよう主から仰せつかっておりました。しかしそちらが激化してきて、私は奥方様が学園でこんなことになっていることに気づけませんでした……。我が主がすべて見ていたために主の命にて駆け付けましたが、すみません……。私の不甲斐なさで倒れてしまい……」
僕はまた知らないうちに守られていた。
いなくなった後に守られていたことに気づいたお祖母ちゃんの時のことを思い出した。
「それは、不甲斐ないという言葉をいいように捉えすぎです……。貴女はまず、自分が無理をしているということを自覚してください……。貴女がいなくなってからでは遅いのですよ」
「奥方様……」
僕は感謝の言葉は述べず、手に作った拳に強く力を込めた。
「エリス様は、どうして私を頼ってくれなかったのですか?私の実力くらいはご存知のはずです」
「ですからそれは……」
「エリス様が私に気を遣ってくれたのは嬉しいですが、私はあなたが無理をしてまでそうすることは望んでいません。シルヴィアさん……あなたが今、抱えているお仕事をすべて話していただけますか?」
「……」
「……お願いします」
渋っていたシルヴィアさんだが、やがて白状した。
「今は……引き続き魔物を食い止めること、あなた様の補佐を陰ながら行うこと、そして主の怒りを買った者への制裁です」
体はひとつしかないのに、抱えすぎだよ……。
「私のサポートは今はいいです。私が魔物退治を引き受けます」
「ですが……」
「駄目です。一緒に行くことは許しません。それとも、私では頼りないですか?」
「いえ、そんなことは断じて……。わかりました。でしたら私は、制裁の方を」
「その制裁は……私の為ですか?」
「いえ、これは主の怒りです」
シルヴィアさんは断定的に言い切った。
「主は奥方様の境遇を知っておられます……。あの世界でお祖母さまの楓様しか味方がいらっしゃらなかった奥方様から、私たちは楓様を奪ってしまいました。だからこそ…………だからこそッ!!この世界で同じことは断じて繰り返させないようにと動いて参りました……」
「その主のご苦労も知らずに……軽々しく奥方様を殺そうとするなんて……!それに……たとえそれが奥方様でなくとも、我が主の世界の良民を軽々しく殺そうとするような輩がこの世界で貴族という称号を持っていることを、到底許すことはできないのです!!」
確かに実際にやったことは相手が僕であるということを差し置いても、貴族として許されることではないのかもしれない。
「わかりました。でも、ひとつだけ約束してもらいたいことがあります」
「……なんでしょうか?」
僕はセラフィーさんとシェリルさんを見て、それから深く呼吸をした。
「殺さないでください。そんなでも……この子たちの親ですから」
「ソラ様……」
「私は、私を救ってくれたこの世界の人たちを信じることにします。きっと、やりなおしてくれると期待しています」
この世界は、きっとあの世界とは違う。
こんな僕でも、多少なりとも友人やいい人たちに恵まれたから。
「奥方様……わかりました。こちらが魔物の出現地の地図になります。では」
シルヴィアさんは地図を渡して寮を去った。
すると入れ替わりで、2階からルークさんを連れてきたエルーちゃんが帰ってきた。
「はっはっ……お連れしてっ、まいりました!」
「ソ……シエラ……」
あれ……?
「エルーちゃん、説明してなかったの?」
「い、急いでおりましたので……」
「そっか……ありがとう。すみません、実は……バレてしまいまして……」
面食らったルークさん。
二重で申し訳ない……。
「あ、ああ……そういうことでしたか。改めまして、聖女院執務官のルークと申します」
「聖女院ソラ様専属メイドのエルーシアです」
ぺこりと二人が頭を下げる。
機転の利く二人で良かった……。
「ルークさん、さっそくで悪いのですが……。実は、あの二人の親がエリス様の怒りを買ってしまいまして……。ですが、二人はその親にいじめられていた身。どうにかして引き離してあげたいのです」
「なんと……」
「私はセラフィーさんとシェリルさんのお二人を引き取りたいと思っています」
「「ええっ!?」」
セラフィーさんとシェリルさんが驚く。
「あなたたち二人は、まだやり直せると思います。だってこのことは、私たちしか知らないのですから。私は一度、やり直すことを諦めました。ですが、同じ境遇のあなたたちには、希望を持ってもらいたいのです。私は先ほどまで二回目もあきらめようかと思っていましたが、ともにやり直してみませんか?」
「ソラ様……」
大きな粒の涙を流す二人。
「では、こういうのはどうでしょう?ソラ様が養子にお迎えするのです。」
「えっ!?」
よ、養子!?
「この間のクラッシュボアの件で、ソラ様はお布施をいただいておりますでしょう?それなのに、ソラ様は普段ご自分のことにお金をお使いにならなさすぎですから……」
「う……」
「ですから、あなたたち二人を養っても、十分に使わないお金が余るくらいですよ……」
「ですが……私たちは、大聖女様を貶めようとしましたのに……」
自分がやってしまったことに対する償いを求めているようだ。
「では、こうしましょう。あなたたちが実際にやり直して、私に証明してみせてください。『私はやりなおせたんだ』と。私はそのために支援は惜しみません。これは、私がやりなおすための先行投資です!」
「ソラ様……!そのお慈悲に、感謝申し上げます……」
「決まりですね」
話はまとまった。
しかし、この年で養子を持つことになるとは……。
『――闇を照らす勇敢なる聖獣よ、今ひと度吾に力を貸し与えたまえ――』
僕は杖を取り出しバトンのようにくるくると回し素早く詠唱した。
『――顕現せよ 聖獣フェンリル――』
カッと地面を突くと、召喚陣から飛び出てくる。
「じゃあ、あとはお任せします。リル、お願い!」
カッパをアイテムボックスから取り出し着た後、リルに乗り窓を開け寮を後にした。