第44話 流言
休日明け。
今日も画鋲デーのようだが、前話していたのをバッチリ聴かれていたみたいだ。
今日は上履きに下から直接刺さっていた。
いじめに美を求めるのは甚だ見当違いだが、規則性に欠けていてなんだか不安になる刺し方だった。
前回画鋲が置かれていたときは、規則正しかった。
向こうは余裕がないのだろうか?
それに、今日は刺しているということは、前回とは違って反応は後で見ればよい。
今回は見られていない気がする。
「シエラ、それ……」
「シエラ様、流石に今回のは先生に言った方が……」
ソーニャさんとエルーちゃんはそう言うが、原因はただの嫉妬だと僕は思っている。
告発は向こうの内申や風評に響く。
噂話に事欠かない学園では尚更だ。
腐っても最高権力者なので力の扱い方には気を付けるべきだし、僕が少し我慢すればいいだけのことだ。
幸い罪なき画鋲はアイテムボックスに仕舞えるし、穴の空いた上履きはリカバーで元に戻せる。
「私はなにも見ていませんよ」
「シエラ様……」
「わかった。でも、相談には乗る」
「ありがとうございます」
教室につくと、犯人が急いでいる理由がわかった。
「おはようございます、シエラ嬢……」
「おはようございます、シエラさん……」
「おはようございます」
イザベラさんとリリエラさんに挨拶をされたが、二人とも気もそぞろだ。
それもそのはず。
僕の机の上に書かれた落書きというか悪口の数々。
その真ん中に書いてあったのはあの時の言葉、『虎の威を借る狐』だった。
「シエラさん、あの……」
「大丈夫です。Sクラスの皆さんではないことは分かっていますから」
ノエルさんの言葉を制止してそう言った。
「シエラは、目星がついているの?」
「ええ、まあ……確定した訳ではないのでまだ言えませんが……。」
リカバーと唱えて自分の机をきれいにする。
「あの、先週から妙な噂が流れているようなんです……」
ノエルさんがそう切り出した。
「噂、ですか?」
「私もその話、他のクラスの友人から聞きました。『シュライヒ侯爵令嬢は大聖女さまの弟子と嘘をつき王女様に取り入ろうとしている』と……」
クラスの他の人達も口を揃えて「私も」と言った。
「な、なんですって……!?私は直接ソラ様からシエラさんが弟子であるとお伺いしたんです!嘘であるはずがありません!」
リリエラさんが庇ってくれたが、半分嘘であることは事実なのでなんとも言えない……。
「私は、シエラ嬢とリリエラ嬢を信じます」
「私も」
「私もですわ!」
以前はこんな風にクラスの皆が味方になってくれることはなかった。
それだけでも、今が十分幸せだと感じた。
放課後。
日直だった僕は帰るのが遅くなってしまった。
担任のマリエッタ先生からは特になにも聞かれなかった。
教師陣に伝わっていないところを見ると、情報管理が徹底されているなと感じた。
朱雀寮まで戻ると、玄関の前に待ち構えていた人達がいた。
クラフト学の時実験室でリリエラさんの隣にいた人達だ。
確か名前は……セラフィーさんとシェリルさんだったかな。
「シュライヒ侯爵令嬢。お話があります」
「……なんでしょう?」
「……リリエラ様と関わらないでくださいませんか?」
セラフィーさんが睨み付けるようにそう言った。
「噂の話はご存じでしょう?貴女がリリエラ様と関わると、リリエラ様が悪く思われてしまいます。それに……」
よく二人を見てみると、手や足に痣の痕があった。
それが今までの証拠をより難解にした。
もしかして、誰かにやらされている……?
「それに貴女が他のクラスの人から嫌われているのも、いじめを受けているのも知っています。その大聖女様のような……可愛らしい見た目で、聖女学園の生徒を騙しているんでしょう?そんな貴女がリリエラ様に相応しいわけが……ありません!」
まるで自分に言い聞かせるかのようにそう言い放つ。
よくもまあこうすらすらと嘘が出てくる……。
嘘をつく度に胃が痛くなっている僕には到底無理な芸当だ。
「大聖女さまの弟子を騙り、利用するなんて無礼にも程があります!この……虎の威を借る狐が!」
セラフィーさんは突如紫色をした瓶を取り出しその蓋をあけ、紫色をした中身を僕の頭上から垂らす。
紫色の中身が僕の頭から染み渡る感覚がすると、徐々に体力が減っている感じがした。
これは毒のようだ。
セラフィーさんは流しきって空になった瓶を放る。
しきりに使っていた『虎の威を借る狐』。
これは僕の嘘が招いた結果なのだろう。
当然の報いだろうなと思うし、言っていることの半分は当たっているのだ。
僕は甘んじて向こうの気が済むまで受け入れようと思った。
「……ど、どうして立っていられるのよ!?」
「お、おかしいですっ……」
二人は不思議がっていた。
これは毒ではあるけど、ラスボスの放つ"ベノム"の毒とは程遠い。
1分の間、毎秒に体力が2ずつ減る毒だ。
一般の人は受けるとまずいのかもしれないが、生憎僕は聖女だ。
全部受けたとしても、聖女なら体力の一割くらいで毒が切れてしまう。
想定外の出来事にセラフィーさんはシェリルさんに目配せをすると、シェリルさんも毒瓶を取り出した。
案外準備いいな……。
やっぱりどの世界にいても、僕はこうなるんだな。
この世界そのものに、初めて強い負の感情を抱くとともに、毎度こうなる自分自身に嫌気がさしていた。
性別を変えても、見た目を変えても、自分自身を偽ってもいじめられるのだから、それはもう天性のものだろう。
きっと誰もがいじめたくなってしまうような性格なのかもしれない。
怒鳴り声に気付いたのか、朱雀寮のメンバーが2階の窓越しからこちらを覗く。
どうやらこの現場に気付いたようだ。
セラフィーさんとシェリルさんはまだ気付いていないようだ。
「シェリル!」
毒瓶を片手に迷っていたシェリルさんだったが、セラフィーさんの発破に反応し、毒瓶の蓋を開けて僕に向かって投げつけた。
そのタイミングで朱雀寮の玄関から寮生が皆出てきた。
「シエラちゃん!」
「シエラ君!」
フローリアさんとエレノア様の声が聞こえるが、もう遅い。
目を瞑り、この後寮の皆に何て言おうかなとかそんなことを考えていると、僕より手前の方でパリンと瓶が割れる音が聞こえた。
目を開けると、銀色の長髪に白い騎士のような服をし、頭に天使の輪っかをつけた女性が僕の前に立ち、毒瓶を手に持った大剣で弾き返していた。
「貴様ら……奥方様に何をしている!!!」




