第42話 家族
「え……どう……して?」
異世界に来て初めて、初見で性別を見破られた。
嬉しいことのはずなのに、僕は混乱して膝がガクガクし、尻餅を付いて立てなくなっていた。
「あっ……」
女装のまま尻餅を付くのは不味いと気付き、思わず下を隠す仕草をしたが、今日は運良くロングスカートだった。
危ない……また『オムコイケナイ』をやらかすところだった……。
ロングスカートで見えていなかったことを確認し再度上を向くと、メルヴィナさんが膝を付き、申し訳なさそうな顔をしていた。
「大変失礼いたしました。実は私は共感覚がとても強く、相手の感情が色や香りで感じるのです」
感情が色で見える人なんて実際にいるんだ……。
でも魔法のある異世界だし、あり得るのかもしれない。
「先程たまたま見えてしまったのですが、ソラ様は旦那様と奥様の『娘』という単語に対し、しきりに『うしろめたい』という感情を抱いているご様子でした。大聖女さまを試すような恐れ多いことをしたこと、誠に申し訳ございません」
謝ったあと、僕に手を貸して起こしてくれた。
僕は大人しく白状することにした。
「こ、こちらこそごめんなさい……。男がこんな格好してるの、気持ち悪いですよね……」
「……?いえ、むしろ私は尊いと感じておりますが……」
「え……?」
「いえ、なんでもありません。それよりお聞きした理由なのですが、旦那様からは『ソラ様がくつろげる格好にしてほしい』と言付かっております。しかし女装のままですと、ソラ様が真にくつろげる格好ではないのではないかと思いました」
鋭い……。
「確かにそうです……。でも、さっきまでマークさんとセレーナさんを騙していたことにもなりますし……」
そう言うと、メルヴィナさんは身の内話をし始めた。
「これは私の話なのですが、共感覚を持つ私は主に忌み嫌われることが多く、メイドとして雇われてもすぐに解雇されておりました。そんな中、今の旦那様が拾ってくださって私はここにいます。旦那様は私の共感覚についてともに理解を深め、共感覚を防ぐ眼鏡の開発までしてくださったのです」
メルヴィナさんが眼鏡をかけていたのはそういうことか。
「旦那様はお優しい方です。ソラ様が真にくつろぐために、まずはお話をしてみませんか?」
優しい微笑みでそう言ってもらい、気持ちが落ち着いた。
「そう……ですね。では、男性服でお願いします」
そう言うとにっこりと微笑んだ。
「かしこまりました。すみません。元々女性と伺っておりましたので、あいにくルーク御坊っちゃまの御下がりしかございませんが、そちらでよろしければお持ちします。お好きなものをお召しください」
パジャマ以外でズボンを履くのは、この世界に来て初めてだった。
着替えてメルヴィナさんと下に向かうと、食堂でルークさんとマークさんとセレーナさんが談笑していた。
「おや、主役の登場ですな」
「あら?そのお姿は……」
違和感を持つセレーナさんとマークさん。
「大丈夫ですよ、ソラ様」
にこっと柔らかい笑みを向けるメルヴィナさん。
まるで、『私も大丈夫でしたから』と言っているようだった。
「……黙っていてすみません。僕、本当は男なんです」
僕は唯一神エリス様に聖女であるが男のため、女装をお願いされていることを話した。
「ソラ様にそんなご事情が……」
「私、娘が欲しかったなんて失礼なことを言ってしまって、本当に申し訳ございません」
二人して謝ってくれた。
本当に優しい人達だ。
「公には娘、ですけれど、僕はお二人の息子でもいいでしょうか……?」
シュライヒ夫婦はお互いに顔を見合わせ、それから微笑んだ。
「もちろんですよ。ソラ様が想ってくださるのなら、私達は両親ですし、ここにいつでも帰ってきて良いのです」
両親にはいい思い出がないけど、この人達が両親になってくれるのなら嬉しいことだ。
「様も……敬語も、いらないです」
「でしたら……ソラ君、で良いかな?」
「聖女さまの時はソラちゃん、にしようかしら?」
「ルークお義父さん、セレーナお義母さん……」
おもわず二人にぎゅっと抱きついた。
僕の新しい家族は、とても居心地が良かった。
「そういえばルーク、また縁談が来ていたわよ。もううちの人ではないからと断ったけど、あなたもそろそろ身を固めたら?」
「母上、なにもソラ様のおられる席で言わなくとも……」
「それじゃあ……ソラ君にご紹介してもらうというのはどうかね?聖女学園に通っているのだから、いい人がいるかもしれないよ?」
お義父さんがそう言うと、真っ先にリリエラさんの顔が浮かんだ。
「ちょ、ちょっと!?ソラ様もすぐに浮かばないのでしたら無視してしまってよろしいですからね!」
「いえ、むしろすぐに一人浮かんだのですが……」
「「ええっ!?」」
驚く三人。
「ソ、ソラ様のご紹介でしたら、ありがたく……」
ルークさんもミア様に似て、聖女様崇拝の気があるんだよなぁ……。
「機会があれば紹介はしたいと思いますし、お二人ならとてもお似合いだとは思いますが……僕に言われたからとかではなく、ちゃんとご自身で考えてくださいね。僕はお二人を不幸にはしたくないですから……」
「ソラ様……!」
おそらくリリエラさんにとっては、不幸になることではないだろうけど……。
「さて、それじゃあソラ君とルークの未来を願って、乾杯といこうか」
いつの間にかメルヴィナさんと他のメイドさん達によって、食事が用意されていた。
僕がメルヴィナさんを見ると、また優しく微笑んでくれた。
メルヴィナさん、本当にありがとう。