第40話 不穏
朝、ソーニャさんとエルーちゃんと下駄箱に向かうと、ご無沙汰していた懐かしいものが入っていた。
「あ…………」
これを懐かしめるあたり、僕も心に余裕が持てたのだろうか。
「何?」
「シエラ様、どうかいたし……っ!?」
僕の下駄箱を覗いた二人がぎょっとする。
ご丁寧に針が上に向けられた画鋲が、僕の上履きにびっしりと敷き詰められていた。
「なんですか、これは……!?ゆ、許せません……!」
「これは、陰湿。シエラ、大丈夫?」
エルーちゃんもソーニャさんも心配してくれた。
「あはは……」
こういうのは反応するといじめがいを持たせてしまうからね。
上履きに直接刺さない画鋲のパターンの場合、本人がその反応を近くで見ている可能性が高い。
「あははって……シエラ様、お気を確かに!」
エルーちゃんは僕が自棄になっていると思ったようだ。
僕はこっそりと罪のない画鋲達に手をかざし、アイテムボックスに入れる。
「いや、これは序の口ですよ……。直接上履きの裏に刺さりはじめてからが本番です」
「それは陰湿すぎでは……?」
「実際にされたときは、『やってんなぁ』と思いましたが……。その頃には既に、向こうでの学校生活には何の感情も持っていなかったですから……」
軽く不幸自慢でもしながら教室に向かう。
この世界では光魔法があるし、上履きを穴が開いたまま履かなくて済むから便利だなぁと思う。
「シエラ、メンタル強すぎ」
「こういうのは、向こうで慣れてますから……」
ソーニャさんが気を遣ってそう笑い飛ばしてくれるのもありがたかった。
Sクラスの中に入ると、いつも通りだった。
「おはようございます、シエラ嬢」
「シエラさん、おはようございます」
イザベルさんとリリエラさんが挨拶をしてくれる。
よかった。同じクラスの子ではないようだ。
今の僕は友達がいる。
そう思うと、不思議と大丈夫だった。
クラフト学の授業は実験室で行う影響で、2クラスの合同のようで、SクラスはAクラスと合同で授業をする。
実験室で授業をする際は基本的に自由席のようだ。
クラス間交流を深める場でもあるのだろう。
僕はエルーちゃんと一緒にリリエラさんの向かい側の席に座る。
リリエラさんの左右にはAクラスの女性がいた。
「シエラさん、エルーシアさん、紹介するわね。私の左がセラフィー・オルドリッジ伯爵令嬢。右がシェリル・ゼラ男爵令嬢よ」
いいところの令嬢という感じだが、セラフィーさんは少しだけ気が強めで、シェリルさんは逆に気が弱めな気がする。
「二人にも紹介するわね、私のお友達のシエラ・シュライヒ侯爵令嬢と、そのメイドのエルーシアさんよ」
「えっ……」
なぜか驚いている表情の令嬢二人。
『お友達』と紹介されるのは嬉しいけど少しこそばゆい。
「セラフィー・オルドリッジと申します」
「シェリル・ゼラです」
セラフィーさんがちらっと僕ににらみつけてきていた。
「シエラ・シュライヒです」
「エルーシアです。よろしくお願いします」
リリエラさんは人気があるみたいだから、友達と紹介されると嫉妬されるのかもしれない。
もしかして、後ろから刺されないようにしないといけないのかな……?
マリエッタ先生がてとてとと実験室に入る。
教壇だけが僕の癒しの空間だ。
「今日は、クラフトの基本を学ぶため、皆さんには手鏡を作ってもらいますっ!材料はこちらで用意しているので、机ごとのグループの代表の方が持って行ってくださいねっ!」
手鏡は魔力が10で済むお手軽に誰でも作れるクラフトアイテムだ。
セラフィーさんが全員分の素材を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
「い、いえ」
素直にお礼をすると、相変わらずそっけないがそう返してくれた。
リリエラさんのことで嫉妬してはいるけど、案外悪い人ではないのかもしれない。
「クラフトに必要なのは、まず一つに完成物がいかに具体的に想像できているか、つまり完成物への想像力ですっ。そしてもう一つが、素材がきちんとそろっていることです。これは足りない素材があってもいけませんが、逆にクラフトの際に無駄な素材を混ぜてクラフトしても失敗するのですっ。その二つをクリアした状態で魔力を注ぐことで、クラフトができるのですっ。さて、皆さんやってみてくださいっ!」
リリエラさんから始まり、セラフィーさん、シェリルさんと順に素材である枠用の"木材"と"銀"と"ガラス"に魔力を与え、手鏡をクラフトしていく。
僕もクラフトしようと素材に魔力をともす。
木枠に薄く銀を敷き、その上にガラスを置くのが手鏡の仕組みだ。
それを想像すれば……。
「あれ……?」
クラフトができない。
こんなことはこちらに来てから初めてだった。
「どうかしましたか、シエラさん?」
「い、いえ」
リリエラさんから心配されるが、セラフィーさんにキッと睨みつけられ、思わずごまかしてしまった。
とはいえクラフトできなかったことには、何か原因があるはず。
どこか素材が劣化しているのだろうか?
一度素材にリペアーをかけてみると、小さい音でカラカラと何かが転がる音がした。
僕はそれに気が付き、さっと手をかざしてこっそりとアイテムボックスにしまう。
クラフトをしてみるとうまくいく。
「嘘……」
そしてセラフィーさんのそのセリフで犯人もわかってしまった。
木枠を元に戻したときに転がったのは、画鋲だった。
とはいえ原因は嫉妬だろう。理由のないいじめと違って嫉妬なら誤解を解けばいいし、かわいいものだ。
この場で言うとさっきの画鋲も公になってしまうかもしれないし、今度機会があれば誤解を解いておこうと思った。