閑話10 僕っ娘
【ソーニャ視点】
夜、寝る前にシエラの部屋を訪ねるとエルーシアだけがいた。
「ソーニャさん?」
「シエラは?」
「今、シャワーに入られております」
「なら、一緒に……」
「だ、だめですっ!!」
一緒に入ろうとしたら、全身でシャワー室を遮るように全力でエルーシアに止められた。
「どうして?」
「シエラ様は……ええと、とても恥ずかしがり屋で……その、他人に裸を見られるのがお嫌いなんです!で、ですから……私ですら着替えやシャワーをお手伝いさせてもらえないんです」
シエラにそんな面があったなんて。
でも普段から謙遜しがちだし、自分に自信がないのかもしれない。
あんなに可愛いのに、恥ずかしがる必要なんてどこにもないと思う。
だが、それがシエラ……いやソラ様の魅力でもあるのだろう。
「ダメと言われると気になる」
「だ、だめです!いくら普段お優しいシエラ様でも、怒ってしまいますよっ!」
必死に止めるエルーシアも可愛い。
しかし、裸でむくれているソラ様を想像し、きっとこれ以上に可愛らしいのだろうと思った。
だけど、シエラに嫌われたくはないので意地悪をするのはやめようと思う。
そんなやりとりをしていると、やがてシャワー室の扉ががちゃりと開かれる。
「えっ、ソーニャさんっ!?」
「シエラ、遊びに来た」
酷く驚くシエラ。
夜中に来たのは迷惑だっただろうか?
パジャマ姿もとってもキュートだ。
しかし、お風呂上がりでもすぐに金髪のウィッグをつけているあたり、徹底している。
「ウィッグ、はずしていい」
「そ、そういうわけにはいきませんよ!いつ誰に見られるか分からないんですから……」
「えっ!?」
今度はエルーシアが大袈裟に驚いた。
「あ、ああごめん。そういえば、バタバタしていてエルーちゃんには伝えてなかったね。実は疫病の時にソーニャさんにはソラだって明かしちゃったんだ……」
ああ、伝えてなかったのか。
「なるほど……そうだったのですね。改めまして、聖女院ソラ様専属メイドのエルーシアです。よろしくお願いします」
エルーシアがぺこりと頭を下げる。
平民の出なのに、あれだけ頭が良いというのも頷ける肩書きだ。
「よろしく、エルー」
ソラ様に倣って呼び方を真似してみる。
「ふふ、お願いします」
エルーとも打ち解けられ、嬉しい気持ちになった。
「孤児院のみんなを救ってくれて本当にありがとう」
「たいしたことはしていませんよ」
「謙遜しすぎ」
もっと自分を誇ってもいいのに。
「あの孤児院、元々初代様の聖女院」
「えっ!?そうなんですか?」
「確か、二代目聖女さまであるエイミー・アゼリア様がいらした際に、初代楓様の住んでおられた聖女院とは別の場所にもう一つの聖女院を建設することになったそうです。そして初代様がお隠れになられる前、『私がいなくなったら、ここは孤児院にでもして役立てて』とおっしゃられたそうです」
「そうだったんだ……」
「そう。私でも知ってる、有名な話」
サクラ様が御告げで『ソラちゃんに会ったら、初代聖女さまのやってきたことを是非、教えてあげて』と言っていたのを思い出したが、本当に喜んでくれて嬉しい。
「でも確かに、お祖母ちゃんは僕みたいに自分の居場所にあまり未練がない人だった気はする……。もしかして、お祖母ちゃんも効率厨だったのかな……?」
コウリツチュウという、何やら聞き慣れない単語が頭に入ってこなかったのか、衝撃的な出来事を前に他のことがどうでもよくなったのかはわからなかったが、ソラ様が何を言ってるのかはよく分からなかった。
「ソーニャさん、お祖母ちゃんのこと教えてくれて、ありがとうございます」
心の澄んだ笑顔。
ズルい。本当にこの笑顔がズルい。
かろうじてその天然のズルさに対して、仕返しをしてやろうという意気込みが勝って、私はこう返した。
「私もイイコト教えてもらったから、お互い様」
「…………イイコト?」
かわいく首をかしげるシエラ。
「ソラ様、僕っ娘だったんだ」
口をぽかんと開けたまま、まるでスローモーションのようにエルーとシエラがゆっくりと顔を見合わせていくのが面白可笑しくて、私は笑みをこらえられないままシエラの部屋を逃げるように出た。
自室に戻りベッドに横になると、フローリアさんの干してくれたふかふかの布団に包まれる。
私が今こうしていられるのも、ソラ様のおかげだ。
「でも、そんなことより……」
私はさっきのことを思い出して、顔が熱くなる。
「ソラ様、あの見た目で僕っ娘なんて……反則過ぎ」
本当に大聖女さまは、魅力しかない。