第4話 先代
「落ち着いた?」
呼吸を整えるエルーちゃんの手を取る。
あと少し遅かったら、過呼吸になっていそうな雰囲気があったので、間に合ってよかった。
「はぁっ……はっ……は、はい。あの……ありがとうございます」
「安心して。私は怒る相手は間違えないから」
僕が最高権力者であるというのなら、この子をこんなにまで追い込んだ元凶に会ったら一回怒鳴っておこう。
今ひと度そう誓った。
二人で客間に戻ると、ルークさんが戻っていた。
隣にいる白と薄ピンクのグラデーションが鮮やかなドレスを着た大人の女性がサクラさんかな?
「ソラ様、お待たせしてすみません。こちらが先代聖女様のユウキ・サクラ様であらせられます」
黒髪に少しブラウンを入れているだろうか?ロングヘアーが特徴的な優しそうな女性という印象だ。
エルーちゃんが深々と頭を下げると、サクラさんが話し始めた。
「はじめまして、カナデ・ソラ君。私はユウキ・サクラ。柚子の柚に季節の季で柚季、サクラは簡単な一文字の方の桜よ。よろしくね」
「奏でるに天使の天で奏天です。あの、柚季さん、先に確認したいのですが……」
「サクラでいいわよ。どうしたの?」
「ではサクラさん、私が男だと周囲に黙っていたのは貴女のせいですか?」
癖のせいでややこしくなっている気がするけど、僕はいたって真面目だ。
この世界に来てから女性扱いしかされておらず、しかも今に至っては女装までしている僕を一瞥して君付け、つまり男だと見抜いたということ。
本当に自然に気付いてくれたのなら嬉しいんだけど、多分サクラさんが僕のことを事前に神様に訊かされて知っていたのだと思う。
サクラさんは何かを察したように、大きく溜め息をついた。
呆れたように小さくぼそっとそう呟くと、サクラさんが深く頭を下げてきた。
「ごめんなさい、ソラ君。気に障ったわよね。キミが男性だということを隠したのは……エリスの希望よ」
心底申し訳なさそうにそう話すサクラさんにひとまず安堵した。
「多分エリスはしばらくキミに会えないだろうから代わりに謝らせて。ごめんなさい」
「理由をお訊きしてもいいですか?」
「……ごめんね。でもこればかりは本人の口から言うべきことだから。けれど出来ればでいいから、エリスのことは嫌わないでもらえると嬉しいわ……」
要領の得ない回答。
でもこの人はきちんと友人の不手際でも謝るし、自分の芯がしっかりしている大人の女性という印象を覚えた。
「それは当事者に訊いてみてから考えます。私はいいですが、あまり洒落にならない被害を被った人がいるので」
エルーちゃんを見てからサクラさんの方を向き直してそう言う。
僕だけなら構わないが、過呼吸になりかけたエルーちゃんを見てしまっては、何も言わないというわけにはいかない。
「……そっか。エリスから前世ではあまり怒らない子だったと訊いていたけれど、今怒っているのはそういうことね……」
サクラさんはエルーちゃんの方を向くと深々と頭を下げた。
「エリス神に代わって謝罪いたします。貴女にも迷惑をかけました。申し訳ありません」
「さっ、サクラ様っ!?か、顔をお上げください!私……あなた様に感謝こそすれ、決して怒ることなどございません!!!」
顔を上げたサクラさんは、声を荒らげたエルーちゃんに対しちょっとびっくりした顔をした。
「貴女、もしかして西の村の……」
「っ!はいっ!西の村出身のエルーシアと申します。サクラ様、あの時は命を救っていただき、本当にありがとうございました!」
頭を下げてから顔を上げると向日葵のような笑顔をしていた。
「そうね、私もあの時は聖女になりたてだったけど、無事にあなたを助けられて嬉しかったわ」
目を細めて笑みを浮かべるサクラさん。
その自然な仕草を見て、あぁ、こういう人柄のことを聖女様っていうんだなぁと、そんなことを他人事のように思うのだった。