第37話 忘却
孤児院の外へ出て身体強化でぴょいぴょいと跳ね、屋根にのぼる。
『患グラス』は病が遠くにある場合も確認できる、眼鏡の形をしたアイテムだ。
これをかけると周囲に疫病がある場合に黄色く光って見える。
「よし、ないね」
万が一のことがあるので、辺りを散策してくまなくチェックする。
そしてそれを口実に、孤児院に戻るのを少しでも遅らせようとしている自分がいた――
◆◆◆◆◆
……結局、上手い言い訳なんて浮かばなかった。
『患グラス』を外し、重い腰を上げ孤児院に戻る。
そこでは孤児院長、孤児院の子供たち、そしてソーニャさんが土下座をしていた。
そう。
僕は、これが一番見たくなかった。
「ソラ様……。 ありがとう……ございました」
ソーニャさんが慣れない敬語でそう言う。
力関係のある時点でそこに真の友情はない。
悟るほどまだ生きてはいないけれども、少なくとも僕の周りはそうだった。
向こうの世界では僕は常にいじめられる側だったため、僕が力関係の強い方にいることなんてなかったけど、そういうもんだと思うようになった。
皆がこちらを見上げると、不意に涙が頬を伝った。
せっかく……同じ寮で友達になれると思ったのにな……。
「……シエラも、ありがとう」
僕はその言葉に目を見開いた。
「ここにいるみんな……。 今日のこと、覚えてないから」
絶対に忘れられないだろうに、忘れてくれると、そう言ってくれるんだ。
「忘れてって。 ……さっき、言ったから」
これは優しい嘘だ。
「だから、畏まったのは……さっきの一回だけ」
「うっ……。 ぐすっ……」
「なかないで、せいじょさま」
「せいじょさま、ぼくたちきょうのことわすれるから、げんきだして」
それは僕にとって初めての、心を包み込むような優しい『嘘』だった。
◆◆◆◆◆
「本当に、ありがとうございました。 ソーニャのこと、よろしくお願いします」
改めて孤児院長からお礼を言われる。
「いえ、こちらこそ。 ソーニャさんは大事な寮生であり、友人ですから」
「シエラ……」
「ふふ、ありがとうございます」
優しい微笑みを送る孤児院長と照れるソーニャさんに、僕は懐かしさを感じた。
「じゃあ……行ってくる」
「ソーニャ姉、またね!」
「うん……また」
相変わらず返事は素っ気ないけど、とびきりの笑顔だった。
◆◆◆◆◆
朱雀寮への帰り道。
日もとっくに沈み、暗くなっていた。
「孤児院長を見て、少しお婆ちゃんのことを思い出しました」
「初代、聖女様?」
「はい。 学校生活がうまくいかなくて、時々甘えてしまっていたんです。 そうするといつもああやって優しく私を撫でて、微笑んでくれたんです」
今となっては恥ずかしい話でも、会えなくなってからは大事な思い出だ。
「でも、もう……親友だから。 私、相談に乗る」
そう言って僕に手を伸ばしてくる。
「ソーニャさん……」
手を取ると、そのまま距離を詰め――
頬に温かい感覚が宿る。
数秒遅れて、僕はキスをされたことに気付かされた。
「……へぇっ!?」
「親友の証。 本当は口に、したかったけど……天罰、怖いから」
これが異世界のスキンシップなの……?
というか天罰ってなんだ……?
「シエラ、親友」
夜の月光でうっすらと見えるソーニャさんの、大きく揺れる尻尾と笑顔がとても神秘的に見えた。




