第36話 疫病
「どうして……来たの?」
「ソーニャさんが孤児院から帰ってこないから。私も、みんなも心配していましたよ」
「そんな……来ちゃ、ダメだったのに……」
僕にいら立ちを見せているが、僕のために怒ってくれているということはわかる。
ソーニャさんは腕を隠すようにしているが、黒い斑点はすでに足にまで広がっていた。
「これは、疫病……ですね?」
僕の問いに、ソーニャさんはこくりと頷く。
ゲームでもあった。
疫病はモンスターなどが起こしているわけではなく、自然発生するものだった。
空気感染で、放っておくと市民がどんどん死んでしまう。
「きっともう……あなたにも……うつってしまった……ごめんなさい」
残念ながらエバ聖と同じなら、聖女は疫病にかからない。
「疫病にかかってから、あなたたちは外に出ましたか?」
「出てない……。ごほっ、院長が……そうしろって」
疫病に理解のある院長でよかった。
まだ、あまり広がっていないのかもしれない。
しかし、買い出しにも行けないから消耗品や食事も大変なはず。
孤児院の子供たちは少し痩せていた。
「院長先生は?」
「いま、となりでねてるよ」
小さい女の子が答えてくれた。
「ごほっ、ごぼごぼっ!」
「ソーニャさんっ!!」
まずい、ソーニャさんが吐血し始めた。
「私も、この子たちも、もうダメ。……でも、もしかしたら聖女様なら、なんとか……してくれる」
ソーニャさんはまるで縋りつくように、僕にそう言ってきた。
「シエラ……お願い、大聖女さまに……。私は……どうなってもいい。この子たちを……助けて……!」
「シエラ……?どうして……斑点が……」
疫病はかかれば数秒で腕や足に小さい黒斑点ができるはずだが、できないことに気づいたみたいだ。
もう、バレるだのなんだのと言ってる暇なんかない。
一刻も早くここ一帯を浄化しないと。
「ごめんなさい、ソーニャさん。今日のことは、忘れてもらえませんか?」
僕はおもむろにアイテムボックスから『大精霊の大杖』を取り出す。
「え……」
ここら一体の地域を覆うように、超広範囲にわたって最上級魔法の魔法陣を展開する。
『――邪を祓い、二豎を浄化せし一滴よ』
ああ、ソーニャさんへの言い訳、どうしようかな……。
『今ひと度吾に力を貸し与えたまえ――』
まあ、それは後で考えよっか。
『――すべてを浄化せよ、ハイエリア・セラピー!!――』
雫が落ち水面が揺れるように魔法陣はゆらゆらと揺れたのち、魔法陣に書かれた文字から、まるで天に上るかのように真っ直ぐな白い光を放ち始める。
魔法陣の中にいる子供たちやソーニャさんの腕や足についていた黒い斑点が剥がれるように取れて宙を舞ってゆく。
そのまま斑点は空に集まって一つの塊を作る。
そして塊は圧縮されてゆき、そのまま跡形もなく消えてしまった。
魔法陣が消えると、はらりと金髪のウィッグが取れて地に落ちた。
「大……聖女……さま……?」