第315話 反論
僕が梛の国の犯罪者であるという噂は長いこと続き、徐々に信憑性を帯びてきていた。
最初は僕の人となりを知っている人達が反論してくれていたけれど、彼女達も僕も、反論するための手札を持っていなかった。
そうなるとやがて皆自然と否定するのをやめてしまい、小さな声だけが反論なく大きく聞こえてしまう。
「火の玉!」
「っ……」
一年生と思わしき令嬢から真正面から魔法を放たれ、腕を焼かれる。
他人の目や先生の目があると大丈夫だけれど、僕一人でいると、最近はいつもこうだ。
初めは魔法で防いでいたんだけど、そうすると向こうの苛立ちを増やすことになり、苛烈になっていく。
やはりいじめ相手には無反応に限る。
相手を刺激することが一番面倒事になる。
魔法を放っているのがエルーちゃんならヤバいけれど、幸い学生ならば魔防がカンストしている僕にとってはちょっとひりっとくるくらいのものだ。
痛いことは痛いけど、向こうの世界での暴力に比べれば雀の涙程度のものだ。
「あらごめんあそばせ、シエラ様」
「でも噂では、そういうことをされても仕方ないお方なのでしょう?なら問題ありませんわよね?」
「大聖女様からいただいたお知恵を悪事に使うなど、あり得ませんわ……」
「ああ、私が聖女院にお勤めだったのなら、大聖女様にすぐにでも報告いたしましたのに……!」
「……」
そもそも聖女院に勤めていたらシエラがソラであることを知っているんだけどね……。
「君たち、そこで何をしている?」
「涼花会長……」
「こんな校舎の裏で杖を出すとは、穏やかじゃないな……」
そこに現れたのは、涼花様だった。
「わ、私達はただ……悪しきを挫いていただけですわ!」
「涼花会長だって、噂のことはご存じでしょう!?」
「……噂話で善悪を決めてしまうのなら、私が君たちを悪だと噂すれば、君たちを挫いていいことになるのかい?」
「そ、それは……」
的確に論理の抜け道を指摘する姿は、やはり凛々しい。
「少し頭を冷やしたほうがいい。悪を挫くためにいじめを行っては、悪者と同じ土俵に立っているようなものだ」
「そ、そうですわね……」
「聖女学園の淑女として誇らしい行動をするように」
助けられた後、涼花会長についていき、聖徒会室に向かう。
「あの、ありがとうございました……」
ヒーローがヒロインを助けるなんて言うけれど、これではその性別が逆転したようなものだ。
「シエラ君……どうして君は見ているだけなんだ?」
「……と、いうと?」
「苛烈になっていっていることくらいは当事者でない私でもわかる。事実、私の見ていないところでは酷い有り様だというのは人伝に聞いている」
会長にも知られてしまっていたらしい。
「火のない所に煙はたたないとは言うが、シエラ君の方にも何か非があるからこの騒動が起きているのではないのかい?」
「冤罪であることだけは訴えておきます。現状悪魔の証明になってしまうので、信じてもらうことは難しいですが……」
魔王四天王の一角、インキュバスが梛の国を乗っ取っていた話は、公にされていない。
告げてしまうと国として大きなマイナスが働くからというのもあるけれど、シエラを指名手配したことが公になることが一番まずかった。
各国の王家や聖女院の人達はシエラがソラであることを知っているので、それを公表するだけでも他国からの信用ががた落ちしてしまう危険性があった。
ただ僕としてもシエラに変な印象を与えられたり、ソラであることを公にされたくなかったので、WIN-WINだった。
その約束を僕からした以上、僕の方からそれを破ることはできなかった。
「……だが反論せねば自分の被害が増えるだけ。反論しないのには何か理由があるのかい?」
言い返す気にならないのは、どうせ言い返すことがその場しのぎにしかならないからだ。
相手を説得できる材料があるなら別だけど、そうでないのなら今言い返したところで向こうは納得していないだろう。
そもそも僕の悪評が広まるのが目的なのだから、また別のところで言われるだけだ。
『会長に向いている人』に必要なのは、仕事ができることでも勉強できることでもない。
ある程度のまともな思想があるのなら、あとは『顔』であることだけだ。
その『顔』である点でソフィア王女や涼花様は適任でしかなかった。
しかし毎日のようにいじめられていた僕のような人間が学生の『顔』になってしまうと、妬み嫉みから余計な問題を周りが起こしやすくなり、本来やるべきことを置いてそちらに要らぬ人員を割かなくてはならなくなる。
やっぱりどう考えてもこんな嫌われやすい僕なんかより、リリエラさんみたいな人の方が会長に向いていると思うんだけど……。
「幸い、被害は私だけですから。他に誰も傷ついていないのなら、問題はないかと」
「……」
そこで涼花会長は立ち止まって後ろの僕の方を向いた。
「シエラ君、君はもう少し身近にいる人達の顔をよく見るようにした方がいい」
「えっ……?」
そう言って、涼花会長は聖徒会室の扉を開けて先に入っていった。




