第312話 感慨
「お、おかしいのです……!!」
朝。
エレノアさんが去ってからあのけたたましい目覚まし時計の音も聞こえなくなっていたが、今日はいつものようにネルちゃんを起こしに行ったハナちゃんの声が二階から響いてきた。
「どうしたの?」
やがて二人して降りてくるも、やけに元気そうなネルちゃんと不服そうなハナちゃんがそこにはいた。
「シエラ様!あのグミは一体なんなのですかっ!」
くわっ!と効果音でもつきそうな勢いで僕に迫るハナちゃん。
「ど、どうしたのさ一体……?」
「昨日、ネル様は夕方にも関わらず眠くなったのです」
「……」
まあ、急に睡眠規則変えるのも大変だよね……。
僕もこちらに来てからの話だけど、休日にゆっくりしすぎて、学校始まる日にずれた睡眠時間を元に戻すのに結構苦労した覚えがある。
戻す日が、一番しんどいんだよね……。
「それで、ネル様ったら、シエラ様のくださったおまじないのグミを『眠くなった分だけ食べる』って仰って口一杯に頬張ったのです……。あり得ないのです……」
「ええ……?」
まさか、そんな食べ方されるとは思わなかった。
魔力のグミを食べれば魔力の最大値が上がり、そして最大値が上がれば自然と秒間の魔力の自然回復量も上がっていく。
言いつけ通り1日一個くらいのペースで食べてくれていれば徐々に魔力量が上がっていくので、「気がついたときには虚弱体質がなくなっていた」といったストーリーを思い描いていた。
しかしネルちゃんが一度に大量にグミを摂取してしまったので、僕のその計画は頓挫してしまったらしい。
「シエラ様、いかがなさいますか……?」
エルーちゃんは「もう隠すのは無理だ」というような雰囲気で僕にそう問いかけていた。
でも僕は折角できた後輩たちをこんなへんてこなものに巻き込みたくなかった。
「いったい、おいくらしたのですか……?」
あ、ああ……そういう心配か……。
「気にしなくていいよ。あれは師匠のだから……」
僕のせいにしてしまえば、被害を被るのは僕だけだ。
……面倒事を後回しにして厄介事にしているだけともいえるけど。
今更気にすまい。
「し、師匠のって……ソ、ソラ様の……!?そ、そういうわけにはいかないのですっ!」
「いいんだよ、気にしなくても……」
命に比べれば、こんなものは安いものだ。
グミくらい、後でいくらでも集められるしね。
「ふふ、お人好しでしょう?シエラ先輩」
おろおろしているハナちゃんをそっと宥めるミア様。
「あの人はいつもああなの。お人好ししていないと死んじゃう病気にかかっているのよ。大変でしょう?」
「そんなご病気が……」
もうちょっとマシな嘘ついて欲しかったよ。
というかハナちゃん、なんだか信じちゃってない……?
「あの先輩に捕まったが最後、魔法にかかったように全て良くしてくれちゃうのよ。だから気にしなくていいの。台風に巻き込まれたようなものよ」
……酷い言われよう。
でもソラだとバレてからあれだけ初対面で萎縮していたミア様がこれだけ言うようになってくれたのは、少し感慨深かった。




