第30話 寮生
ペンションのドアを開けると、ひとりだけ大荷物で玄関近くにいた人がこちらに気付いた。
「貴女……確か……」
「隣の席の……確か、ソーニャさん?」
同じクラスで、僕の隣の席にいた獣人族の女性だ。
「うん。私……ソーニャ」
「シエラ・シュライヒです」
「エルーシアです」
「……よろしく」
素っ気ない感じの返事だけど、尻尾がふわっと揺れたので、悪い印象ではなく単に人見知りなのかもしれない。
すると、奥の部屋からメガネの女性が現れた。
「キミがシエラ君とエルーシア君、それにソーニャ君だね?」
久しぶりに「君」と言われ、一瞬女装がバレたのかと思ってしまった……。
「ボクは3年のエレノア。クラフト研究部の部長でもある。よろしくね」
白髪でメガネの女性がそう自己紹介すると、これまた奥からピンクのロングヘアの獣人女性がひょっこりと現れた。
「ちょっと、エレノア様だけ先にずるいですよっ!私は2年のミア。よろしくね!」
ソーニャさん、エルーちゃん、僕の順に握手をしてくるミアさん。
「あら?貴女、女の子なのに、とても握力が強いのね……?」
しまった……!?
沈黙が訪れる。
な、なんて言い訳すればいい……!?
僕は冷や汗ダラダラだった。
「ああ、そういえば言ってなかったわね。シエラちゃんは、大聖女ソラ様のお弟子さんなのよ!だからその手もきっと、ソラ様に鍛えられたからじゃないかしら?」
「ええっ!?」
「なるほど……。道理で入試であんな点数だったわけか」
驚くミアさんと納得するエレノアさん。
フローリアさんのお陰で助かった……。
「ご、ごめんなさい……。女の子らしくないっていいたかった訳じゃなくて、むしろこんなに可愛い女の子だから、握力強くてとても驚いちゃったの!」
それはそれで複雑なんですが……。
「エレノア様、私が中を案内していいですよね?」
「ああ任せた。フローリアさん」
「ええ、今行きますよ」
フローリアさんとエレノアさんは奥に消えていった。
「さて3人とも、2階を案内するわ。付いてきて」
「あの……先ほどエレノア"様"と呼ばれていましたが……」
「ああ、その説明も必要か。聖女学園では年上の先輩には"様"と付けるような風習があってね。第34代聖女様の夏目渚様が聖女学園の一年生だったとき、年上の先輩から渚様と呼ばれていたの。年下なのに様と呼ばれることに納得のいかなかった渚様は年上の先輩を様付けで呼ぶようになられて、それに感銘を受けた学園生が真似をするように先輩に様を付けて呼ぶようになったのよ。」
そんな文化があったんだ……。
「ではミア様、ということですね?」
「ミア様!」
「……ミア様」
「ああ、ついに私にも可愛い後輩が出来たんだね……!」
手を合わせて感動しているミア様。
「……ミア様、それより……案内」
「あ……ああ、ごめんなさい。朱雀寮は1階が寮母さんの部屋とリビングやお風呂等の共有スペース、2階が個人の部屋となっているわ」
「2階は左が奥からエレノア様、ソーニャちゃん、シエラちゃんの部屋、右が奥から私、エルーシアちゃんの部屋ね。まだ空きがあるんだけど、朱雀寮はSクラスの生徒しか入寮できないの。Sクラスの人ってほら、貴族の人が多くてね。みんな自宅から通うか、それか聖女学園の近くの家を借りたりできる財力があるから必要ないことが多いのよ……」
あれ……てことは僕も家を借りればよかったんじゃ……。
もしかしてサクラさんに騙された……!?
「でも、今年は3人も来てくれた!私は嬉しいわ!」
そう言って、3人まとめて抱きついてくるミア様。
今さら入寮やめますなんていえる空気でもないか……。
「シエラちゃんとエルーシアちゃんの分の荷物はこの間ルーク様とメイドさんが来て運んでくれたみたいだから、部屋に入っていると思うわ。それにしても、ルーク様直々に妹さんのお洋服を運んでいらしたけど……。もしかして、ルーク様ってシスコン……?」
僕の秘密を知るのは聖女院でもルークさんとエルーちゃんしかいない。
だから仕方なくルークさんがやってくれたのだろう……。
それをシスコン認定して貶めてしまうようなことは僕にはできないよ……。
「いえ、私が……お兄様にお願いしたんです……。下着とか他の人に見られるの恥ずかしいので……。」
「ふふっ、お兄様には下着を見せていいだなんて、それじゃあもしかして、シエラちゃんがブラコンなのかしら?」
僕に変な属性が付いた……。
もっとマシな言い訳あっただろうに……。
ま、まあルークさんに変な属性が付かなかっただけよしとしよう……。
「じゃあ、荷物を置いて着替えたら下に来てね」
そう言われると各自の部屋に入る。
ぱたり。
部屋の扉が閉まり一人になると、真っ先にトイレとシャワー室を確認した。
「あ、ある……!よ、良かった……」
大事な生命線だったので本当に安堵した。
共有お風呂があるといってたけど、僕が使うことはないだろう……。
着替えを見るとこれまた可愛らしい私服だった。
まさか、ルークさんの趣味じゃないよね……?
着替えて下に降りると、もう皆揃っていた。
共有スペースはリビングとダイニングとキッチンが一緒になった広い空間だった。
「主役が揃ったね。じゃあ新入生歓迎会を始めようか」
みんなでつまめるようなパーティー料理やお菓子等がテーブルに用意されていた。
「そうですね!さあ皆、座って座って!」
三人が座るとエレノア様が音頭を取る。
「皆ジュースは持ったかな?それじゃあ、新たなる入寮者の同士に、乾杯!」
「「乾杯!」」
「さあ、遠慮なく食べてね。おかわりもあるから」
天の時のようにいじめられず、ソラの時のように崇拝されず。
僕をいち学生として受け入れてくれた朱雀寮の皆さんに感謝するとともに、その幸せを噛み締めていた。