第264話 口付
目から溢れ出る涙は、制御の利かなくなった光の魔力の作った風に飛ばされ細い糸のように繋がっていた。
「ソ、ソラ様……!」
「ひ、ひぃっ!?お助けをぉっ!?」
腰が砕けて動けないイルムスさんとケインさんの二人をよそに、マナ夫人はさっと逃げようとする。
それを遮るようにドア側に手刀を振ると、ドアどころかこの家そのものを真っ二つに切り裂いた。
外は雨が降り雷が近くで鳴っていた。
「っ!?」
「都合が悪くなると逃げるんですか?そんなところまで、私の母そっくりなんですね……」
逆側に逃げようとするマナ夫人。
僕はそれを身体強化で密閉空間を作ると、ビタンと見えない壁にぶつかる。
「本当に、虫酸が走る……」
<ソラ君が手を汚す必要なんてない……!>
いや、もう僕は汚れている。
あんな人たちに育てられたのだから。
だから、この負の連鎖に終止符を打ち、いつか僕も――
「ソラ様、誤解ですよぉ!いつかソラ様のもとにお送りできる立派な執事となるために、あの子をしつけていただけですからぁ♪」
「その甘ったるい声で人を騙すところも、私の姉によく似ていますね……」
僕がそれでどれだけ割りを食ったと思っているんだ……。
僕がぎゅうと拳に力を込めると、マナ夫人を囲っていた密閉空間が段々と縮こまっていく。
「お、おやめください、ソラ様……!」
「そうやって被害者面して、内心では私のことをただ恨んで、いつか殺してやろうと思っているのでしょう?」
「そ、そんなことは……!」
やがてゴキリゴキリと体が鳴る音がする。
「あ゛あ゛あ゛っ!」
「どうしたんですか?あなた達がいつもしていたことでしょう?骨折くらいで泣き言を言うと怒ってまた叩いてくるんでしょう?」
「ソラ様ッ!!」
リリエラさんが僕を全力でひっぱたいていた。
「っ……」
「それでは、あなたまで同じ次元になってしまいます。どうか、お止めください……」
「もう遅いんですよ。既に汚れ切っている私にはお似合いの場所があるんです……。もう、私には人の愛情なんて……」
途端、僕の目の前にリリエラさんが重なる。
「信むっ……」
へ……?
今僕、何をされた……?
唇と唇の……接触。
キ、キス……?
<な、なぁっ……!?>
エリス様の声がまるで僕の心の代弁をするかのように天から聞こえてくる。
柔らかい感触がやがて僕の唇から離れていくと、シュルルルと音がし、暴走した僕の魔力は収まっていく。
「あなたは愛されています。ですからどうか、お静まりください……」




