閑話66 西の村
【エルーシア視点】
ここは聖国、西の村。
麦畑とススキ畑が立ち並ぶこの光景は「黄金の丘」と呼ばれ、多くの聖女様方が感動し、数々のお言葉を残されております。
麦の香りがするこの地に久しぶりに来れたのも、ご家族を大事になさるソラ様のご配慮あってのことです。
ソラ様には感謝してもしきれません。
「エルーじゃない!?エルー!」
「ドルシー!元気だった?」
村の年の近い女の子、ドルシーが真っ先に気付いて手を振りながら迎えてくれました。
「もちろん!エルーも、元気だった?」
「おかげさまで。お父さんとお母さんは、今いる?」
「おじさんとおばさんは、エルーんちに居ると思うよ。案内したげる」
「ありがとう」
神獣玄武様と聖獣テティス様は普段はお喋りですがプライバシーは守ってくださるようで、私が帰省している間は念話は控えてくださいました。
「それにしても、本当に聖女院のメイドさんになるなんてね……。エルーは昔から人目を引いてかわいいとは思っていたけどさ」
「そ、そんなことないよ……。それに、聖女様のほうがずっと可憐なお方だし……」
「ね、ソラ様ともお会いしているのよね?」
「う、うん」
お会いしているどころか専属メイドなのですが、それを言ってしまうと私経由でシエラ様に足がついてしまい、シエラ様がソラ様であることが公になってしまうおそれがあるので内緒です。
「いいなぁ~。お披露目式は見たけれど、あんな可愛い女性に一度はなってみたいわ」
あれで殿方なのですから、この世は不思議だらけです。
いえ、ソラ様がこの世の七不思議を独占してしまわれることでしょう。
ソラ様に面と向かって可憐と言うと拗ねてしまわれるため控えておりますが、本当は叫びたくなるくらい可愛らしいのです。
「私も一度でいいからお会いしてみたいわ……!」
聖女様はみんなの憧れ。
私からしても憧れの存在です。
「さ、ついたわよ。じゃ、今度また話、聞かせてね!」
家の前でドルシーと別れます。
上京してから久しく来ていなかった我が家。
藁屋根の家々が建ち並ぶ様は、何もかもが懐かしいです。
私はガラガラと玄関を開け、居間に入ると、目的の人たちがいました。
「おや……?エ、エルーシアじゃないか!」
「ただいま、お父さん、お母さん」
「久しぶりね。元気にしてた?」
「うん、ふたりは?」
「おかげさまで元気よ。これもサクラ様と大聖女様のおかげだわ」
私が幼い頃、西の村では流行り病がありました。
私も、私の家族もそろって流行り病にかかってしまいました。
サクラ様が村の病人を集め、紅く輝く『神薬』という薬を私達にかけてくださると、その苦しみは一瞬にして消え去りました。
私は村の医師に重症で絶対に助からないと言われていましたが、何事もなかったかのように完治しました。
神薬とはソラ様曰く、『回復する薬ではなく、もとの状態に戻す薬』。対象が死んでいなければ、全てもとに戻るそうです。
そんな貴重な薬を分けてくださったサクラ様に、私は感謝してもし切れません。
「聖女院はどう?」
私は聖女院のことや学園でのことを話せる範囲で話しました。
「そうか。エルーシア、仕事は楽しいかい?」
「うん。決して楽しいばかりではないけれど、ソラ様に尽くせることはとても嬉しいことだから……」
「そう……。そういえばあなた、大聖女様にご迷惑をお掛けしていないかしら?」
「ど、どうして……!?」
そう言いながら『大聖女の花園』と書かれた本を渡してきたので、私は自室でそれを読むことにしました。
「……」
読み始めてしばらく経ってから、私はこの本の出典に辿り着きました。
ソラ様の事実になぞらえたこの小説は、恐らくシェリル様の書かれている小説なのでしょう。
エリス様に告白されて、大天使様にもご寵愛をいただいていて、とてもではないですが、私のような者はせいぜい、『夢を見る許しを得ている』だけの存在だということを思い知らされます。
エリス様はソラ様が幸せになれるのであれば自分は一番でなくてもよいとおっしゃられました。
無論私も同じ気持ちではございますが、ご自身の好意を余所に置いてそうお言葉を述べられることは決して容易なことではございません。
本気で好きだからこそ、そのお相手が自分でなくてもよいとお考えなのでしょう。
そして同時に元の世界でたくさんの心の傷を抱えてしまわれたソラ様をこの世界に連れてきて、好きなことをさせることで癒そうとお考えなのです。
エリス様は今まで一度も、ソラ様に「強制」はされておりません。
どれも「お願い」であると、ソラ様ご自身からも、エリス様ご自身からもお聞きしております。
しかし、事実と時々嘘が織り交ぜられておりますが、話の流れはよくできていて、ドキドキとさせられます。
まるで私が大聖女様になったかのようで、ソラさまからはこう見えているのかと考えてしまうのも、この小説の面白さのひとつなのではないかと感じました。
続きが気になりページをめくっていくと、私はそこに書いてあったことに目を疑いました。
「っ……!?」
大聖女様が神様から告白され、天庭から逃げるように自室に戻ってこられます。
そこで聖女様が目にしたものは、メイドが……その……一人で致している最中だったのです。
「ソラ様……」
シェリル様には、私の想いは伝えています。
ですからここに書かれているメイドはきっと、私のことを想像して書かれたのでしょう。
これはフィクションです。
事実と混同するのは、よくないことです。
物語では暗がりに月の光だけが映る中、メイドが一人で致している描写が、ソラさ……大聖女様には神秘的で魅力的に映ってしまったと書かれてありました。
「ん……ソラ様……」
聖女様のいらっしゃる神聖な聖女院でそんなことをするのは、聖女様達に申し訳が立ちません。
ですが、今は自分の家の自室。
布越しに胸を触っても、咎める人は誰もいません。
「ふあぁっ……!」
今私の頭の中は、私のことを「かわいい」とおっしゃったソラ様の優しいお顔でいっぱいになっていました。
胸がきゅっとなり、じわりと湿る下着。
ソラ様がこの間聖女院の使用人更衣室にいらしたとき、私達のことを見て、その……大きくされているところを見てしまいました。
ソラ様はこの下着、お気に召していただけるでしょうか……?
私は思わず自分の下着に手が伸びてしまいます。
「はぁっ……ダメなのに……」
白地の布に中指が触れたその瞬間、自分部屋のドアががちゃりと開かれました。
「エルーシア、読み終わったかしら?」
「ひゃあああっ!!?」
「どうしたの?」
「お母さん!!ノックくらいして!!!」
「そ、そうよね。エルーシアももう思春期だものね……」
起き上がって何事もなかったように椅子に姿勢を正しました。
「それで、そのお話は事実なの?」
実の母親から告げられた事実確認に、私は段々と自分の顔がりんご飴のように真っ赤になっていくのがわかりました。
「わ、私はソラ様の目の前でオ……そ、そんなことするほど、ふしだらじゃ……あ、ありませんからっ!!」
たった今ふしだらになりそうになった手前、私は強く言うことができませんでした。
そしてその後、寸止めされたこの悶々とした想いは、夜まで長引くことになるのでした――




