第238話 呼称
「どうしてそうなるのですかっ!」
「いや、男同士なのですし、裸を見せ合ったほうが早いと思いまして」
「……」
樹下さんもケイリーさんも顔が真っ赤だ。
「そこまでおっしゃられるということは、ソラ様は殿方なのですね」
ケイリーさんが先に折れてくれた。
「ケイリーさん……」
「本当に信じても、よろしいのですよね?」
確認を求められている。
「大丈夫です。僕はケイリーさんのお気持ちを理解していますし、尊重するつもりです」
「っ!?」
ぽっと顔が赤くなって何も言えなくなるケイリーさんは普段真面目そうな顔とギャップがあって可愛らしい。
「ありがとう、ございます……」
「だが、しかし……」
「樹下さん、約束は約束……ですよね?」
「むむむむむ……」
家族のみんなには帰ってもらった。
シェリーとセフィーは今日はシュライヒ侯爵家に泊まるそうだ。
カポーンと音が鳴るここは、聖女院の浴場。
樹下さんには先に入ってもらっている。
「失礼します」
「ソ、ソラ様!!」
ガラガラと扉を開けるが、僕のほうを見ようとせず、頑なに後ろを向いていた。
「ちょっと!?こっちを向いてくれないと、一緒に入った意味がないんですって!」
「す、すまぬ!たとえソラ様がよろしかったとしても、女性の裸を見るのは初めてなもので……」
後ろに回り込んだところ、樹下さんは目も瞑っているという徹底ぶり。
こんなのはルークさん以来だ。
僕の会う男性は真摯な人が多いけれど、それが少し裏目に出てしまっているんだよな……。
「ほら、大丈夫ですから目を開けてください」
「し、失礼いたす!」
なんか切腹でもしてしまいそうな勢いで目を開けると、僕の裸を見て、そのまま樹下さんは固まってしまった。
「……………………」
いろいろと、気持ちを整理するための時間が必要だろう。
僕はゆっくりと体を洗った後湯につかり、ふうぅと息をつく。
「本当に、殿方でございましたか……」
「これで、納得していただけましたか?」
「性別のことについて納得はいきましたが、それでも拙者はこの初めて抱いた心を偽ることは……エリス様に嘘をつくことになります」
「それでも、僕じゃあ期待に応えることはできないですから」
「それは、わかっております……」
わかってはいるけど、納得はいっていないということだろう。
「……恋人にはなれませんが、お友達にでしたらなることができると思うんです」
「お友達……」
「樹下さん……いえ藤十郎さん、僕とお友達になってくださいませんか?」
「……!ソラ様!梛の国では、苗字ではなく名を呼び合うことは愛し合っていることに他ならないのですよ!」
「そうかもしれません。でも僕の住んでいた日本という国では、もちろん愛し合っている人同士も名前で呼び合うことはありますが、親しい人同士でも名前を呼び合うことがあるんですよ」
「そう、なのですか?」
「はい。僕はこんな成りですから、男性のお友達がほとんどいないんです。藤十郎さんは刀のお話もできますし、是非お友達になりたいんです」
数分、悩んだ後にようやく藤十郎さんがこちらを向いてくれた。
「……ソラ様がそう望まれるのでしたら」
「いやなら、断ってもいいんですよ?」
「それは、とても意地悪な質問だ……」




