第235話 舞技
こういうのは、毎度困る。
実力の知らない相手にどれくらいの加減で挑んでいいのか分からないからだ。
「本来は剣舞のつもりだったが、仕合といこう。お互いに悔いの残らぬよう、本気で来ていただきたい」
これを字面通りに受け取ったら、僕は人を殺しかねない。
「どちらもSランク、世の冒険者としては互角と見受け一つ提案なのだが、お互いに賭けるものがあった方がいいとおもわぬか?」
「賭け、ですか?」
「何でもいい。例えばそうだな……拙者が勝てば、忍び逢いに応じては頂けぬか?」
忍び逢いって……デートのことだよね?
まあデートくらいでいいのなら。
「では私が勝ったら、誤解を解くチャンスをください」
「誤解……?」
そもそもこの恋路は誤解から生まれたものだし。
「まあいいか。それが貴殿の望みならば、そうしよう」
チャキと音を鳴らして抜いた刀に、僕は見覚えがあった。
「それは、『大典太』……」
「貴殿……どこでこの刀の名を知った?」
アイテム袋に今入れているのは鬼丸だけだ。
「ま、まさか……!?」
僕もアイテム袋から出す素振りをしつつ、大典太をアイテムボックスから取り出した。
「……驚いた。この『大典太』は第50代聖女様の樹雫様が実際に振るっておられたと言われている伝説の刀。この刀は実際に雫様が振るわれた刀であり、王家が五年に一度、東の国の最強の刀術使いに渡される習わしになっている。拙者がこれを王家より授かったように貴殿もまた、大聖女様から授けられたというわけか……」
これでもう10本くらい『大典太』を出したら卒倒されそうだな……。
「流石は一番弟子といったところだな。いわばこれは東と聖国、最強同士の戦いというわけだ」
「樹下さん、貴方はこの『大典太』のこと……どれほど理解していますか?」
「『大典太』とは半生ほどの付き合いになる。それは愚問だ」
この言葉も、鵜呑みにはできない。
剣聖と呼ばれたアレンさんでさえ、剣の使い方を誤っていたのだ。
各武器の基礎的な内容については動本『武術大全』にまとめたけど、同じ剣でも属性剣や強化剣などの各武器の立ち回り方や向き不向きについては軽くしか触れていない。
「シエラ様!悪しきロリコンを成敗してください!」
メルヴィナさんからよく分からないヤジが飛んできた。
どちらかというとショタコンになってしまうんだけどね……。
「先手は譲ります」
それがせめてもの手加減。
相手は型技を熟知していた涼花様の、師匠だ。
油断はならない。
「では――弐の舞、百日紅――」
「――六の型、氷雨――」
水平に斜めに曲がる斬撃に対し、その弧の両端を押さえるように僕は氷雨の二連撃を合わせ相殺する。
やはり型技ではなく、武器固有の舞技を中心に放ってくる。
「――陸の舞、日照雨!――」
今度は通り雨のような、Wの字のごとく激しい縦連撃を繰り出すも、身体強化で体に魔力を特化させて一つ一つを丁寧に右へ左へ、踊るように避ける。
刀は一番使っていただけあって、全ての武器の舞については暗記している。
当然、使っていればその弱点も避け方もよく理解している。
「――一の型、白浪――」
「――参の舞、明日檜!――」
白浪の水平切りは行って帰っての二段階の波状攻撃。
樹下さんはそれを体重の乗ったしゃがみ縦切りで合わせる。
「やるな、シエラ殿!だが解せぬ……。貴殿は大典太の舞を瞬時に判断して相殺している。それは貴殿が大典太の舞の全てを熟知しているに他ならない。なら何故貴殿は舞を使わぬ?」
どちらかといえば、威力二倍の上位互換である舞技を下位互換である型技で相殺していることに気付いてほしかった。
いや、現実の世界で実際に二倍かどうかなんて感覚の問題だし、分かるわけないか……。
「シエラ殿、たとえ実力に差があったとて、勝負の場で手加減をするのは相手にも、この場で見ている皆にも失礼だということは伝えておく」
距離を置いた樹下さんに叱られる。
「……恐れながら幾つかあなたに伝えておかないといけないことがあります」
「何?」
「雫……様が何故この刀を使っていたのか……。それはこの刀が聖女の性質上相性が良いからです」
「……っ、どういうことだ!?」
「これが本当の、『大典太の扱い方』です」
僕が『大典太』に光魔力を込めると刀は光のオーラを纏い、光の散乱により神々しく煌めく。
その様はまるで『そこにあるけど、そこにない武器』。
「――光気解放――」
鍵が開かれぶわっと放たれ溢れた光のオーラによって刀には輪郭が消え、見えるようで見えない刀となった。
これこそ光属性の属性刀、光刀『大典太』の真骨頂。




