閑話6 見舞い
【エルーシア視点】
「はぁっ……はぁ……ごめん……もう限界かも……」
「えっ」
「ごめんね……」
その台詞を最後に、ソラ様がこちらに倒れ込みました。
「ソラ様っ!?」
慌てて支える。
「冷たい……」
大変です!お身体が冷えきっておられます!
急いでお布団へお連れし、横に寝かせます。
「こんなになるまで……言わないんですから……」
倒れる前に言ってくださいと言ったのに……。
ですが、こんなに頑張られるのは、決まって誰かのためなんですよね……。
寝かせてしばらく経つと、すやすやという音が聞こえてきました。
「もう、やっぱり……無理してた」
「サクラ様!」
サクラ様が部屋の扉から顔を出し覗かれておりました。
「無事でよかった。……ほんと男の子って、心配ばかりかけるんだから。ね?エルーちゃん」
男性だからなのかはわかりませんが、ソラ様のことには同意します。
お見舞いに来たと仰ったサクラ様に、椅子を持ってきてお座りいただきます。
「…………これは独り言なんだけどね、ソラちゃんは向こうの世界では学校でも家でも、どこにいてもいじめられていたの」
「えっ……!?」
今のソラ様からはとても考えられません……。
「当時のソラちゃんはこちらにいる時よりも強くはなかったの。ソラちゃんは毎日のようにいじめや嫌がらせが続いた結果、相手を刺激しないように振る舞うようになっていったの。まずは反論しないことから。その次に感情を外に出すのをやめる。そして最後には、自分を"いないもの"として扱う」
「そ、そんな……」
「ソラちゃんはね、今でも無意識に自分を"いないもの"、として扱うの。多分そう思うことがあの時は一番楽だったのかもしれないわ……」
私はソラ様のことをなにも知りませんでした。
サラブレッドだなんて失礼なことを考えていた過去の私を殴ってやりたいです。
「ソラちゃんがこっちの世界に来たときに、エルーちゃんが大変なことになっていたのには怒ったけど、自分に向けたことについては何も怒っていなかったでしょう?」
確かにそうです……。
ソラ様自身についても怒っていいことを何度もされていたはずでしたが、ソラ様はその件に関して一切怒りませんでした。
ご自身について常に否定的で、無頓着なところがおありだとは思っていましたが、そんな理由があったのですね……。
「ん……おばあ……ちゃん……」
寝返りを打たれて寝言が聞こえてきました。
「……ソラちゃんのお祖母さんはね、初代聖女の嶺楓さんだったの」
「ええっ!?」
「……しぃーーっ!ふふ、私も今日初めて知ったの」
いけない、思わず驚いて声をあげてしまいました。
「これは悪い話でもないから、あとで告げておきましょうか」
御告げは神託と違って、神様の御言葉を代弁されるのではなく、聖女さま自身の御言葉を述べられることです。
サクラ様の御告げは神託の時と違って毎回お茶目で、皆様からの評判が高いです。
「楓さんはソラちゃんに唯一優しく接してくれていたとソラちゃんが言っていたわ。ソラちゃんがこんなにいい子なのもきっと楓さんのお陰ね」
世界の安寧を築き上げた初代様のお孫様であるならば、こんなにお優しいのも頷けます。
「でも、私達はそんな楓さんをソラちゃんから奪ってしまった――」
……そうです!ソラ様が大変な時に、初代様はこちらに来てしまわれました。
残ったソラ様に優しく接してくださる御方は、誰一人としていなくなったということになります……。
「あれっ……なんで……」
私は気付かないうちに涙を流していました。
本当に泣きたかったのはソラ様のはずなのに……。
「優しいのね……。そんなエルーちゃんに頼みがあるの」
酷く哀しそうなお顔でそう仰いました。
「ソラちゃんに、楓さんの分まで優しくしてあげて。ずっとソラちゃんの味方でいてあげて。そして、ソラちゃんから目を離さないで。何かあったらすぐに私に相談してね。もう……葵さんみたいなことになるのは御免よ」
葵様は魔王を倒してお隠れになられた聖女さまです。
5年前の哀しい事件は私も繰り返したくありません。
「はいっ!」
「ふふ、こんなところ、ソラちゃんには見せられないわね……」
気が付くと、お互いに涙を流していました。
「ふふ、ソラ様には内緒……ですねっ」
――サクラ様が去った後、ソラ様のお着替えのためにルーク様をお呼びしました。
もう私は、同じ過ちを繰り返すわけにはいきませんっ!
ルーク様は、ソラ様のお着替えが終わると私に
「ソラ様に自分と同じものが付いているなんて……。これは世界の七不思議のひとつですね……」
と仰いましたが、私もそう思います……。