閑話63 婚約者
【ソフィア・ツェン・ハインリヒ視点】
「……予算については、以上となります。皆様、ご協力いただきありがとうございました」
ルーク様の挨拶で会議はお開きとなります。
事前に提示した予算案については優秀なルーク様率いる財政政務官のチームが事前に精査し、粗は全て見つけて報告されます。
例年の推移や一般的な流通の値段まで調べられ、妥当性があるかどうかを調べられ、更には虚偽報告がないかどうかまで魔法でチェックされるのです。
こじつけられたものも含め、全て。
財政政務官の仕事はそこまでで、実際にその指摘をするかしないかという生殺与奪はあくまでも聖女様のみが行えます。
本来ならば、もっと手心を加えてくださるはずでした。
あれだけサクラ様とはいつも懇意にさせていただいており、それだけ聖国には信頼もありました。
それどころか一昨年からサクラ様から聖国への助成金のお話もいただいていたくらいでした。
その功績は聖国貴族にも知れ渡り、そのお陰で私は次期女王となるための今の地位をいただくことになったのですから。
それもこれも、アークのせいで全てが台無しです。
「ふぅ、終わったわね……」
「あの、サクラ様……。本当に、申し訳ありませんでした」
「たとえソラちゃんが許しても、私は許さないわよ。少なくとも、種族全体からの謝罪がない限りは毎年同じ予算になるわね」
「……はい」
歴史上でハイエルフがハーフエルフに謝ることは一度だけ。
ジーナ様とサンドラちゃんへ、当時ハインリヒ王家の代表としてノイン家の前王ルルベルが行っています。
それで何も変わらなかったからこそ、今回サクラ様は徹底的にやる姿勢を取られたのでしょう。
「ごめんね、ソフィア。でもソフィアにも否があることは認めて頂戴ね。正直ソラちゃんにも申し訳ないけど利用させてもらうわ。ジーナさんのやり残したことだものね……」
私が止めなかったのも、婚約者に選んだことも否があること。
特に王家の関連費用が悉く却下されていることを知ったら、ハイエルフ達も納得して改心してくれるでしょうか?
いえ、それだけではきっと無理でしょう。
「ハーフエルフは劣等種」というハイエルフの固着観念を取り除かない限り、二つの種族の溝が狭まることはないでしょう。
「一人じゃダメ。種族全員が率先して変えようという気概がないと、こういうのは変わらないわ。ファルスさんと次期女王様への課題にさせてもらうから、政策共々……よく考えて頂戴ね」
このままだと王家は雲行き怪しく、修行の一環で入手した宝石類を売る羽目になるかもしれません。
私は自室へ帰らず、心の赴くままにサンドラちゃんの部屋へ向かいました。
「ああああっ!ど、どうしましょう!どうしましょう!?」
「ソラ様といい、なんで悪口言われた私より取り乱してんのよ……」
サンドラちゃんから見ても、動揺している私はたいそう滑稽なことでしょう。
「これじゃあ、私が悲しむのが馬鹿らしくなってくるじゃない」と悪態をつかれてしまいました。
「そうですよ、サンドラちゃんは平気なのですか?」
「まあ、こういうのは昔から慣れっこだからね……。ソラ様は大丈夫かしら?」
「……他人の心配ばっかり。あなただって本当に平気なら南の国で療養なんてしていないでしょうに……」
サンドラちゃんとは私が生まれた頃からの付き合いです。
年が離れていたとはいえエルフの中では年は近い方で、彼女が種族の垣根を越えて私を甘やかしたり一緒に遊んでくれました。
種族を気にしない性格は彼女自身、聖女様とエルフ族の間に生まれた子供だからというのもあったのかもしれません。
ですが同時に、それは彼女が虐げられている理由にもなってしまいました。
彼女には何の罪もないというのに……。
彼女の出自のこともありましたが、私と仲がよかったせいもあってか、エルフに虐げられていた彼女は決して反撃をしようとはしませんでした。
そして彼女が選択したのは距離をおくこと。
彼女はたとえエルフやハイエルフから忌み嫌われようと、私という友人のために種族を嫌いになることはしなかったのです。
そう、私自身が……サンドラちゃん自身を縛り付けてしまった……。
「それに、あんただって失恋したようなものでしょ?」
「失恋というよりは、心底がっかりしただけですけれどね……」
「それでも、気になってはいたんでしょう?」
痛いところを突いてきますね……。
「全エルフがサンドラちゃんみたいだったら、よかったのに……」
歴代でも屈指の美しさを誇る青髪ロングのジーナ様。
そして聖女の専属メイドは同年代で最もおしとやかなメイドが選ばれると言われています。
そこに選ばれたエルフのディアナ様は、争いを好まず、まるで聖人君子のようなおしとやかな人でした。
そんなお二人の間に生まれてきたサンドラちゃんが美しくないわけがありません。
「なあに?私に惚れちゃった?」
「……」
普段あまり見せないおちゃらけた姿も、私には見せてくれる。
ハイエルフとして、王女としてある程度の自信はあるつもりでしたが、この海のように深い蒼をした髪と現実離れしたような美貌を前に、私は幾度となく何かが脈打つ感覚を覚えていました。
「私、決めました……」
私はゴトッ!と椅子から立ち上がると、珍しくサンドラちゃんが私に驚く可愛い顔が見れました。
「急に……どうしたの?」
「サンドラちゃん、私とひとつになってくれませんか?」
今度は、私の方から歩み寄る番。
ジーナ様の有名な口説き文句と共に、私はこの争いに終止符をつけにいく決意を固めました。




