第230話 葛藤
「いらっしゃい」
お風呂場に向かうと、お義父さんが待っていた。
僕は体を洗ったあと、お義父さんのとなりに入る。
「こうして一緒に入っていると、女の子みたいにきれいな肌をしているから、娘と入ってる気分になってくるよ」
「ぷっ……」
「な、何かおかしいこと言ったかい?」
「いえ……。親子だなぁと」
「ああ、ルークも確かに言いそうだね」
「『まるで年頃の妹と一緒に風呂に入っているみたいです』って、面と向かって言うんですよ?失礼しちゃいますよ……」
「はははっ!でもルークも私も、褒め言葉のつもりだよ。可愛らしさだってソラ君の魅力のひとつだからね。ルークはほら、あんなだろう?だから、可愛い息子というのも嬉しいものだよ」
そう言って撫でてくれるお義父さん。
僕は少し気恥ずかしさがあった。
「あんなって……ルークさんだってインテリで顔もいいでしょうに。それに、お義父さんこそ爽やかで素敵な人ですよ」
こちらの世界の人は顔がいい人が多すぎて、自信がなくなるほどだ。
「ありがとう。顔がいいといえば、聖女学園は美少女ばかりだろう?あれだけの粒ぞろいに囲われていたら、毎日大変じゃないか?」
やっと僕の理解者が……!
やはりお義父さんはひと味違う……。
「ええ、本当に……って、どうしてそんなこと知っているんですか?」
「セレーナが聖女学園生だったからね。それに、リリエラちゃんの奥さん、マリエラ侯爵夫人も聖女学園生だったのさ」
「お義母さんや、マリエラさんも……。二人とも美人ですもんね……」
お義母さんはおしとやかで人気がありそうだし、マリエラさんは強気で凛々しいもんなぁ……。
「当時は気付かなかったけど、ダリルもセレーナが好きだったみたいでね。ダリルが腰を落ち着けるまで、僕はマリエラ夫人には大層嫌われていたよ……」
イケメンならではの悩みを話されても、僕には同意できないよ……。
「ソラ君だって、引く手あまただろう?」
「……そう、なんですかね……?」
僕を好きだと言ってくれる人は増えてきた。
顔を真っ赤にしながらされたエリス様からの告白。
涼花さまの半ば事故のような告白で、はじめは偽りの僕のことが好きなのだという葛藤に苛まれた。
それからエレノア様の親友協定のついでに語られた告白で、親友はこんな歪な僕だからいいと言ってくれた。
「僕は、早く答えを出した方がいいんでしょうか……?」
「おや、恋の悩みかい?」
「だって、みんな一方的に言われたこととはいえ、相手をずっと待たせているようなものですよね。僕が相手なら、それはとても辛い……ような気がしますし」
自分のしてきたことが不誠実だということに改めて気付く。
「うーん……。これは個人的な意見だけど、相手だって答えを求めているわけではないとは思わない?」
「いや、そんなことは……」
「相手だって、何もエリス様の怒りを買ってまでソラ君と付き合いたいと思っているわけじゃないだろう。だから、今の状態でいることに甘んじているのは別にソラ君の方だけではないかもしれないということだよ」
「でもそれは、どうとでも捉えられるってだけじゃ……」
「そういうことさ。結局分からないんだから、悩んでも仕方ないんだよ、こういうのは」
よっこいしょとお義父さんは湯から上がる。
「ソラ君のことだからどうすれば皆を幸せにできるか考えているのかもしれないけど、それを追究した結果ソラ君自信が幸せになれないのは駄目だよ」
あくまでも僕自信が幸せにならないと駄目、か……。
難しい注文だなぁ。
「……ありがとう、お義父さん」
「それでも悩むというのなら、今度は女性陣に聞いてみるのがいいんじゃないかな?」
「……」
お義父さんは一足先に立ち去って一人になる。
いつか答えを出さなきゃいけなくなることに変わりはない。
いつも奴隷のように言いなりだった僕は、裁判で闘うと決めたお父さんみたく決意できるのだろうか?
「ふわぁ!おばあさま、お肌がお綺麗です!」
「あらあら、ふふふ。ほめても何も出ないわよ」
そんなことを考えていると、やがてガラガラと戸が開かれていることに僕は気がつかなかった。
「あら、ソラ君。長風呂ね」




