閑話5 都落ち
【リリエラ・マクラレン視点】
生まれてはじめての挫折だった。
侯爵令嬢として生まれてから、学校の成績は優秀で同学年では飛び抜けた点数を出していたという自負はある。
お父様に入試の勉強に集中したいとお願いしたら、各学問に精通した家庭教師を雇ってくれた。
そればかりか、戦闘実技でも冒険者を講師として雇ってくれたのだ。
私にとって、この入試は今の全力の結果だ。
それでも足りなかったばかりか、圧倒的な差を見せつけられた。
完敗だった。
私は、はじめてお父様の前で泣いてしまった。
「おかしい……」
そう、何かがおかしい。
「シエラ・シュライヒさん……」
完敗した相手の名前。
歴代聖女さまですら到達しえない点数を取ったことがおかしい。
シュライヒ侯爵に令嬢がいるというその事実を、よりによって、この私がいち早く気付くことができなかったなんておかしい。
結果が貼り出された日から、おかしいことだらけだ。
この理不尽な結果に、私は不正があったのではないかと疑ってすらいた。
試験結果が貼り出されるまで、私はシュライヒ侯爵が養子を迎えていたことすら知らなかった。
聖国の同期生でこんな点数を叩き出す令嬢はいないことはわかっている。
おそらくシュライヒ侯爵令嬢は他国から迎え入れられた人物だろう。
でも、相手が誰であれ、私は頭脳で負けるわけにはいかない。
私には聖女院で秘書となり、この頭脳を聖女さまに活かしてもらいたいという夢がある。そして――――
いけないいけない。つい邪なことを考えてしまった。
これじゃあ聖女さまに顔向けできな……
「ワオォーーン!」
突如、遠吠えが鳴り響く。
魔物でも現れたのかと思い屋敷の一階を見ると、白い毛が靡いていた。
獣の額には赤いコアが見える。
あれは伝説に聞く聖女さまの使いの聖獣フェンリル様に違いない。
フェンリル様に跨がっている人がいた。
その人は、さらっと流れる黒髪が特徴的の……
「大聖女さまっ!?」
思いがけない来客に、急いで外に出る。
憧れの大聖女、ソラ様が聖獣フェンリル様に乗ってやって来た。
「はあっ、はっ……」
ソラ様は息を切らしながらこちらに向かってくる。
「ソラ様!あ、あの……大丈夫ですか?」
「はあっ、大……丈夫……。貴女が……リリエラさんで……合っていますか?」
「は、はい!私がリリエラです!私の名前、ご存知だったのですか?」
ソラ様に名前を覚えてもらえているなんて、今日は良い日に違いない。
「ああ……ええと、聖女学園の入試で2位だったでしょう?」
「はい……。ですが、一位のシエラさんには、とても……」
「あー……。まあアレは気にしなくて良いと思いますよ……」
「お知り合いなのですか?」
聞くと、ひどくばつが悪そうなお顔をされた。
「ああ……実は弟子として色々と教えていたんです」
「ああ!そうだったのですね!」
これまでの"おかしい"が、全てが腑に落ちた。
大聖女さまが直々にお教えになられていたのなら、どんな家庭教師をつけても敵わない。
最近のお噂だと、ソラ様はサクラ様よりもお強いらしい。この小さい御体のどこにそんな力があるのかは分からないけれど……。
そんな大聖女さまに師事していたのなら、学園長に勝てても不思議ではないのかもしれない。
それに、あのルーク様の妹さんという立場だ。きっと聖女院の立ち入りも許されているのだろう。
羨ましい。私だって聖女院に入れたなら――――
いけないいけない……また邪なことを……よりによって大聖女さまの前で考えてしまうなんて。
「……シエラも、私と同じで友達を作るのが下手くそだから……無理にとは言わないけれど、仲良くしてもらえると助かります」
ソラ様がそうだとはとても思わないが、シエラさんの件についてはお願いされるまでもないことだった。
「もちろん、そのつもりです!」
「……ありがとうございます。あ、忘れてました……はい、リリエラさんの分の聖女学園の制服です。トラブルで遅くなってしまってすみません」
「あ、ありがとうございます」
ぱっと渡されると、すぐさま後ろに控えていたフェンリル様にお乗りになられる。
「忙しなくてごめんなさい。じゃあ……」
「あ、あの……」
「……?ああ、もしかして握手したいの?」
的確に言い当てられた!?
なんと鋭い御方なのだろう。
フェンリル様越しに軽く握手をしていただく。
とても冷たかった。
ソラ様の「リル!」という合図とともに、フェンリル様がぴょんと屋根にジャンプされる。
「じゃあ、また会いましょう!」
今日はきっと良い日だ。
私は絶対に、シエラさんと仲良くなろうと決心した。