第224話 傷心
「……っ……」
この声は、誰だろう?
僕に優しくしてくれる人……。
僕をよく抱き締めてくれる人……。
「お祖母……ちゃん……?」
これは夢だろうか?
定まらない焦点をあわせていくと、しだいにぼやけていたシルエットが浮かび上がってくる。
「ソラ様……」
「エルー……ちゃん……」
「ソラ様!」
ああ、色々と思い出した。
「よかった……本当に、心配したんですよ……!」
「ごめん……でも……」
「大丈夫です、ソラ様……。ソラ様の痛み、私に全部……預けてください」
「うぇっ……うぁあ……」
エルーちゃんは何も聞かずに僕を力強く抱きしめてくれる。
「ぐすっ、お父さん……お父さん……ごめんなさいっ……うっ、うわああああんっ!」
僕はまた情けない顔で泣きついている。
だけどこれは僕一人では耐えられなかった。
本当に情けない。
「――僕ね、昔はお父さんのことを尊敬していて、憧れだったんだ」
ぽつぽつと、エルーちゃんに話す。
エルーちゃんは僕と同じ泣き腫らした顔ではあるけれど、僕の話を頷きながら聞いてくれた。
「お母さんにお金を稼ぎ続けなければうちが潰れると脅されて、僕はそれが怖くてただ言いなりになっていればいいと思ってた。でもそのせいで僕はお父さんに嫌われちゃった……」
「ソラ様……」
結局、僕は楽な方に逃げていただけだ。
その結果お父さんに嫌われただけ。
だからただの自業自得。
「ぐすっ……違うわ、ソラ君……」
お姉さんの声がして振り向くと、ここがさっきいた場所ではないことに気づく。
僕、いつの間に天庭に……。
そして、ふわりと宙に浮くエリス様の姿がそこにあった。
「エリス様……」
「聖女は皆あっちにいい思い出がないから、あまり向こうのことを言うのは止めるようにしているんだけど……」
エリス様が浮かびながらこちらに来ると、僕の顎をそっと撫でた。
「ハジメ、今離婚調停中よ」
「えっ……」
エリス様の手は少し震えていた。
「ハジメは最初から法で争う気だったのよ。元々あの女もバカンス先で腐るほど浮気していたみたいだし、証拠集めには苦労しなかったそうよ」
やっぱりそうだったんだ……。
姉もよく男を連れてきていたし、そういう家族なのだろう。
「毎日遅く帰っていたのは、証拠集めに奔走していたから。次第に証拠が揃っていくと、怒りに震えていった。そしてあの日。酔っていた彼はソラ君を見たときに、まるであの女達に荷担するように見えてしまったそうよ。半分は八つ当たりだから、到底許せることではないけどね……」
僕、お父さんのこと何もわかってなかった。
「それ以来、ハジメはソラ君に当たったことを申し訳なく思い、ソラ君と距離を置いたのよ」
僕、嫌われていたわけじゃなかったんだ……。
「裁判の準備の傍ら、あなたのことも探しているそうよ。息子の親権を取りたいって弁護士に言っていたわ」
「……」
「エリス様は……向こうの世界に行けるんですよね?」
「……なんでも言って」
「僕のことは死んだと伝えてもらえますか?」
「……それで、本当にいいの?」
「はい。お父さんには僕のことなんて忘れて、今度こそ幸せになって欲しいですから」
親権を取るのは難しい。
それにもういない人間の親権まで取らなくていい。
お父さんの気持ちは伝わったから、もう大丈夫。




