閑話60 代行者
【橘涼花】
「ソラ様!」
「ご……めんなさっ、ぼくは……ただの、ごみ……だからっ。おねがい……ゆるして、おと……さんっ……!」
何が……起こった?
どうしてソラ様が……倒れている……?
「ソラ様、大丈夫!落ち着いて……まず息を吐いて!」
落ち着け、私。
シエラ君にも同じことが、出来たじゃないか。
息を吐いて貰わねば。
「くっ、駄目だ……反応がない……!」
「そ、そんなっ……!?」
この人は二度も私を救ってくださったのに。
私には、このお方を救うための力が何もないというのか……!
「寝落ち」
そこにやってきたのは、大天使様だった。
眠らせたことで、息が自然に整ってくれた。
よ、よかった……。
外を見やると、いつの間にか雨が降っていた。
「シルヴィ、助かったわ」
「あ、ありがとう存じます……」
シルヴィア様は私を一瞥すると、何も言わずにアーク氏に大剣を向けた。
「な、何を……」
「ソラ様を苦しめたのは、貴様のせいだ……」
「なっ……!?」
「ソラ様は家族でもっとも親しかった父親に見捨てられたのだ。『自分が一番稼いでいる一家の稼ぎ頭だ』という安いプライドを踏みにじられたくらいで『お前なんか生まなきゃよかった』と言われてな……」
「ひ、ひどい……」
雨が激しくなり、エリス様が泣いているのが分かる。
「既に貴様を殺しても構わないと、我が主は告げている」
ピシャリと雷が近くで落ちる音がした。
びくつくアーク氏に、サクラ様が障壁で弾く。
「やめなさい」
「サ、サクラ様……しかし……」
「私だって、本当は我慢しているのよ……。こいつは、私を助けてくれた命の恩人を危うく殺すところだったのよ……!本当なら、私だって殴り飛ばしてやりたいわ……」
「ひ、ひぃ……」
シルヴィア様は代行者。
決して主であるエリス様の言葉の意を違えない。
エリス様も、殺しても『構わない』としただけで、猶予を残されている。
直接命を下された訳ではないということだろう。
「でも、多分ソラちゃん本人はそんなこと望んでいない。シルヴィならそれは分かるでしょう?」
「……」
シルヴィア様も震えているが、サクラ様も震えている。
いや、恐らくこの場にいる全員だ。
皆ソラ様には助けてくださった恩義があり、世界を救ってくださった恩義があり、サクラ様を救ってくださった恩義がある。
今私達が生きているのは、全てソラ様のお陰。
それを知っているまともな人ならば、そのお命を軽んじる輩に対して半ば殺意のような気持ちが湧いてしまうのは仕方がない。
私に裁くだけの実権はないが、それでも、正直この男を殴り飛ばしてやらねば気が済まぬ。
だが、それをソラ様ご本人なら望まないであろうこともここにいる全員が頭では分かっている。
「アーク、あなた貴族教育もまともに受けていないの?この世界では王家より上の立場がいるの。目上の存在がいるときに波風をたたせるようなことを口にすると何が起こるのかくらい考えて動いてもらいたいものね。あなたがそれを守らないのならば、こちらもルールを決めずに問答無用であなたを殺してもいいのよ?」
「っ……」
サクラ様は、敢えて言ってくださっているのだろう。
「ソフィア、ファルスさん、リリアンナさん。結婚相手、考え直した方がいいと思うわ」
聖女様が他人の婚約者を進めたり解消のご意見をすることなどほとんどない。
サクラ様から直接お達しがあったこの男を王家に残しておくだけで、王家の外聞は地の底まで落ちてしまう。
これは実質、アーク氏の追放だ。
「ご助言いただき、ありがとうございます……」
「そ、そんな……!」
「殺さないだけありがたいと思え……!」
「ひ、ひぃっ……!」
シルヴィア様のその言葉を最後に、アーク氏はがくりと項垂れた。
「シルヴィア様!」
「ソラ様は天庭にてエリス様がお預かりをする。五国会議はサクラ様が代理をお願いします」
「こっちは大丈夫。ソラちゃんを、癒してあげて」
「無論です」
それからしばらく雨が止むことはなかった。




