第223話 連鎖
幼少期、僕はお父さんと比較的仲がよかった。
お祖母ちゃん、お母さん、姉と女性が強い家系だったからか、僕とお父さんは仲間はずれにされることが多く、そのよしみなのか仲良くしてくれた。
共用とはいえパソコンを買ってくれたのもお父さんだったし、動画の編集方法なんかも教えてくれた。
まるで弱いもの同士で傷をなめ合うかのようだが、そうではない。
僕はあくまであの家のカースト最下位。
お父さんはお父さんより下の存在の僕に安堵を得ていたのかもしれない。
そして僕は比較的優しく接してくれるお父さんに安堵を得ていた。
僕とお父さんは、そうやってお互いを支え合っていた。
ただのいびつな関係だったんだ。
けれど当時の僕はそうは思っていなかった。
お祖母ちゃんの子供でもあるお父さんだから、お祖母ちゃんと同じように僕に優しくしてくれているのだと、そう思っていた。
僕のその勘違いが、お父さんの逆鱗に触れた理由のひとつ目。
もっと早くにそのことに気付いていれば、僕とお父さんは今でも仮初の仲良しでいられたのかもしれない。
いや、でもそれは本当は些細なことだって分かっていた。
当時、僕は現実逃避がしたくてそういう回答にすがっていただけ。
そうしないとあの負の連鎖に僕の精神が耐えられなかったから。
数年前、僕に味方が消えたあの日から、僕は徐々に壊れていった――
お祖母ちゃんがいなくなって止める人がいなくなり、奏家は荒れに荒れていた。
外食やバカンス、高い買い物に費やした母と姉が帰ってくると、いつもお祭り騒ぎで家を散らかしていく。
あまりの惨状に僕が片付けようとすると、「そんな暇があるなら一円でも多くお金を産み出せ」と呪文のように言われていた。
僕はあの家で『金のなるゴミ』だった。
だがその頃は既に僕の動画の収益とお父さんの収入で十分にお金があったからか、ハウスキーパーさんがやってきては片付けてくれていた。
ただ僕の家は他と比べて毎回二人が荒らすので不人気で、ハウスキーパーさんともあまり仲良くはなれなかった。
バカンスで彼女達がいない時が、唯一の静寂の空間だった。
その日、たまたま四人揃っていた食事の席。
僕とお父さんはいつも二人の残り物を食べていたから、何を食べていたかはよく覚えていない。
「ようやくあんたも使えるようになったわね」
「えっ」
姉に褒められるなんて珍しくて、そのにやけ顔に僕は「次に何を言い渡されるのだろう」と恐怖さえ感じた。
「やっとソラがお父さんの収入を越えたのよ。けど、二人とももっと稼いでくれないと困るわ。私、お財布とカバンが欲しいのよね……」
「またビーチリゾートにも行きたいわ」
「いいわねぇ!また夏に予定を入れておきましょう!」
僕はなんてことないいつもの会話だと思っていた。
けれど、その日から徐々に父親の僕への当たりが強くなっていた。
その理由が何なのかは、当時の僕はまだ掴めずにいた。
そして問題の日。
いつも僕はお風呂は最後に入るように言われていた。
だがその日はお父さんが遅くまで帰ってこなかったので、僕は先に入っていた。
そこに帰ってきたお父さんと鉢合わせた。
「お帰りなさい」
僕はそそくさと着替えて去ろうとする。
「僕が先だったはずだろ?」
「ご、ごめんなさい。帰ってこなかったから……」
いつもなら些細なやりとりだけれど、その日はお父さんも日頃のストレスが溜まっていたのだろうか。
いや、お酒を飲んで少し紅潮していたからかもしれない。
いずれにせよ、僕が謝るだけでは済まなかった。
お父さんは僕を掴むと、更衣室の壁へと投げつけた。
「ぐぅっ……」
「順番も守れないのかよ。僕より稼いでいるヤツは、いい身分だなぁ……」
「そ、そんなこと……」
お父さんは、こんなことを言う人じゃなかったのに……。
うちの人はみんなおかしくなっていくのかな……?
「本心ではそう思ってないんだろ?口ではそう言ってるだけでも、僕のことを嘲笑ってるんだろ?」
「違っ……」
「お前なんか、生まなきゃよかったよ」
「っ……!」
それから僕は、その場で地べたに這いつくばって謝り倒した。
謝って謝って謝り続けたが、僕がお父さんと仲直りすることは叶わなかった。
お父さんの怒りの理由は当時の僕でも分かるほどに明らかだった。
今までお父さんが稼ぎ頭で、それがお父さんの一家の誇りだったんだ。
いくら僕と一緒に罵倒されようと耐えてこれたのは、お父さんにとって一番大切なプライドが守られていたからだ。
むしろそのプライドだけで維持してきたくらい、お父さんもまた僕と同じように歪んでいたともいえる。
その最後の砦を、僕は踏みにじってしまったんだ。
僕が動画を上げるのをやめるのを提案したが勿論却下され、姉と母からの当たりは強くなるだけだった。
僕の収益は止められず、収益が上がると大好きだったお父さんに忌み嫌われる。
僕はその負の連鎖に耐えられずに、次第にこの理不尽なものについてあまり考えるのをやめるようになった。
『お前なんか生まなきゃよかった』
以前は仲が良かったからこそ、その言葉は僕の心の傷となって広がり続けた。
やがて僕はこの言葉とともに心の奥底に鍵をかけて仕舞い込み、「僕はお父さんと元々仲が良くなかった」と思い込むことで、この今にも崩壊してしまいそうな一家のバランスを保とうとした。
受け入れられない現実を考えないことで、僕は自分を保とうとした。
僕のもとにEVER SAINT FANTASYのゲームが郵便受けにやってきたのは、そんな時だった。




