第222話 欠落
「拾えよ、欠落」
僕は甘く考えすぎていたのかもしれない。
前の世界でもそうだったじゃないか。
歩み寄ればきっと大丈夫だと思っていた。
相手が歩み寄ろうともしなければ、片方が歩み寄ったところで何も変わらないんだ……。
「……」
サンドラさんは下を向く。
この顔は僕はよく知っている。
期待をしない顔。
波風をたたせない顔。
こちらから言い返すことを、諦めた顔だ。
「っ!撤回しなさい!あなた、それでも王家ですかっ!?」
事態に気付いたソフィア王女が慌てて謝罪で収拾をつけようとする。
だがそれはもう無意味だろう。
僕も昔から何度も、何度も経験している。
そして、この状況がどうにもならないことを知っている。
「それは王家として謝罪しろということか?」
「っ!人として謝るのが当然だと言っているんですっ!」
この人はただ僕達のことを生き物として認識していないだけ。
ただのゴミか何かだと思っているだけ。
もういいよ。
意識だけでは何も変わらない。
僕たちはあなた方とは違う無機物なのだから。
「もういいです、そういうの……」
「ソラ……様?」
僕は自然と口に出してしまっていた。
「形だけの謝罪なら要りません。お互いにそういうの、求めていないですから」
「ソラ様は分かってくださるのですね」
「ちょ、ちょっと……!それは誤解……」
僕はソフィア王女の言葉を遮り、首を横に降る。
無駄な労力を使う必要はない。
僕は無罪の割れたお皿にリカバーを唱えて元に戻してメイドさんに渡す。
「立てますか?」
「あ、ありがとう……」
そのままサンドラさんの手をとって起こし、お母さんのディアナさんのところへ連れていく。
「ソラ様、ありがとうございます……」
「大聖女様に助けられて満足か?欠落め……」
「……」
嫉妬の念。
エルフは『魔力感知』ができるがハイエルフは『魔力視』ができるから『高貴』と言われ、どちらもできないハーフエルフは『欠落』と呼ばれているようだ。
本来エルフ種は魔力と身体の結び付きが強い種族で、より自然から魔力を取り込める能力に長けている者がハイエルフとなる。
エルフ種は身体が魔力と一体化しており、魔法を放つスピードが早くなる他、魔力が筋肉の代わりに支えているという点にも他種族との違いがある。
エルフが筋肉がつきにくいのは、身体を動かすのに必要としないからだ。
逆に無意識で魔力を使っているから、幼く魔力の乏しいハイエルフなどは魔力欠乏症になりやすい。
ハーフエルフは筋肉をつけられる上に魔力を取り込める能力にもある程度長けている。
魔力が見えずとも、感知ができずとも、中途半端かもしれないがいいところ取りができているともいえる。
だから、こんな言い争いはただの思想の違い。
僕は悪口なんて言われ慣れていたけど、サンドラさんは慣れていないのだろう。
とっていた手が少し、震えていた。
「お前なんか、生まれなきゃ良かったのに……」
どくん……と胸を打つような音がした。
「ぁ……」
どさりと膝をついて立てなくなる。
「「ソラ様!?」」
「はあ、はあっ……」
続いて肘をついて這いつくばる。
演劇の時とは比べ物にもならない。
体が水を吸って何十倍にも重くなったかのようだ。
「ソラ様!」
涼花様が僕を起き上がらせようとしてくれる。
「かはっ……はあ、はあ……」
息つぎもろくにできていない。
鼻水も涙も止まらない。
そうだよ。
これが本来の僕なんだ。
『早くしなさいよ、ゴミ』
ゴミでいることがお似合いで。
『どうしてこんなこともできないの?この女男』
普段は女装しているような変態で、そして――
『お前なんか、生まなきゃよかったよ』
「ご……めんなさっ、ぼくは……ただの、ごみ……だからっ。おねがい……ゆるして、おと……さんっ……!」
「ソラ様、大丈夫だから……!」
その声を最後に、僕の意識は暗闇に薄れていく。




