第217話 派閥
嶺梓。
お父さんの兄夫婦の子供。
つまり僕と同じお祖母ちゃんの孫であり、僕の従姉だ。
「梓お姉ちゃんまで、この世界に来ていたの……?」
「面識はおありなのですね」
「いえ、会ったのは一回だけです。お祖母ちゃんに連れられて一度だけ……」
僕が物心ついてから一度だけ会った。
どんな会話をしたのかまでは覚えていないけど、僕が覚えているのは「梓お姉ちゃんって呼んで」といわれてそう呼ぶと、にっこりとして僕を抱き締めてくれたことだ。
僕が衝撃を受けたのは、姉というのはワガママで自分の主張が通らないことは認めない存在なのだと思っていたが、そうではないのだということだ。
会ったのは本当に数時間だった。
もちろん他家だから外の顔をしていた可能性はあるけど、それでも梓お姉ちゃんは優しかった。
「第92代ってことは、今は……」
「ええ、残念ながらお隠れになられております……」
お祖母ちゃんも、梓お姉ちゃんも……向こうで仲良くしてくれた二人だ。
ここに来てから、突然亡くなったことを知らされるのは、本当に突然ぽっかりと穴が空いた気持ちになって、どうしていいかわからなくなる。
「梓お姉ちゃんは……いい人生を送ってくれたのかな?」
僕は垂れた一筋の涙を拭いたくなかった。
<それは保証するわ>
<エリス様……?>
<アズサも子沢山で幸せな人生を送ったわ。あの娘、ショタコンでケモナーだったのよ>
「へっ……?」
いきなりなんの話してんの……?
身内のそういう趣味の話を聞いて、思わず涙引っ込んじゃったよ……。
<いっけない!これはナイショだった!>
「…………」
エリス様ってたまに信用ならないような気がする。
口が軽いというかなんというか……。
でも、僕のことを慰めてくれたんだよね、きっと。
<ありがとうございます、エリス様>
<女神……!>
女神はあなたでしょうに……。
「ソラちゃん、大丈夫?」
「ああ、ごめんなさい。話の途中でしたよね。止めてごめんなさい……」
「梓さんのこと、今知ったみたいだから。流石にそれは止めるわよ……。本当に大丈夫?」
こういうときに優しいのは、サクラさんも失うことの辛さが分かる人だからだろう。
僕もそうだけどサクラさん自身もまた、先立たれた人達とうまく折り合いがつけないでいるように感じた。
まるで同じもの同士が慰め合うような雰囲気だった。
「大丈夫、です。それにエリス様がいろいろ教えてくださったので」
「……ふふ、案外エリスも頑張ってるじゃない」
点数稼ぎだとかは思わないよ。
優しさは感じるから。
「話を戻すと、梓さんは同じ嶺家である楓さんの血を継ぐ人。それは今まで意見の一致していた流派が突如別れるきっかけになってしまったの。楓さんに名付けてもらったことを尊重して獣人として生きているというのが保守派。対して同じ嶺家としての血を濃いものにするため、梓さんの血筋をもらうべきといういわば血族派」
「ってことは……」
「ええ。梓さんは血族派の男性達と結婚して子をなしたそうよ」
達って……。
しかもショタコンでケモナー……。
エリス様から聞いた雑念が邪魔してくる……。
そういう下の事情も後世に伝わるの、本当に黒歴史だよね……。
「それ以降、血族派は身体が人種族に近付くように人種族と子をなしていったそうよ」
「ということは、神流さんが保守派で、忍さんが血族派の末裔ということですか?」
「そうなるわ」
「なるほど……」
ということは、忍さんは梓お姉ちゃんの血筋にあたるはずだ。
僕、もしかしてこの子の高祖叔父とかになるんだろうか……?
「嶺家のことはだいたい分かりました。今回静馬くんが狙われたのは、派閥争いの延長ということでしょうか?」
「わ、私にはわからないわよ……」
流石にまだ若い岬ちゃんに聞くものじゃないよね……。
「ん……」
「ここは……」
その時、気絶していた人達が起きてきた。
「ソ、ソラ様!それに……サクラ様!」




