閑話59 お隠れ
【エルーシア視点】
ソラ様が五国会議に出られてから数日。
ソフィア様はソラ様とシエラ様とのことをご存知ですが、涼花様はご存知ではありません。
学園では名目上シュライヒ家のメイドという扱いとなっている私がソラ様のメイドとして現れるわけにはいかず……。
専属としてのお仕事はシスカ様にお任せをし、私は暫しのお暇をいただいておりました。
久しぶりの長期のお休み。
ひとまずフローリアさんのお手伝いを申し出たところ、「あなたもソラ様と一緒で働きすぎだから少しは休みなさい」と言われてしまいました。
昨日まではソラ様のお部屋と私のお部屋を掃除したのですが、それも終わり。
久々にやることがなくなってしまいました……。
そういえば、一応暇潰しになるかもしれないと思い、聖女院からお借りしていた本がありました。
それはソラ様のお祖母様である、初代聖女嶺楓様の専属メイド、ダイアン様が書かれた聖女様の一生の記録。
初代様の時は手書きで纏めていたそうですが、100代も続くとシステム化されています。
私も持っているこの腕に巻いている魔石に魔力を灯すと、自動で聖女院の記録室に記録されていきます。
当時の記録は今とは違い日記のようなもので、ダイアン様の思いなども書かれていたものでした。
タイトルをめくると、その裏にはダイアン様のお言葉が書かれていました。
「専属メイドは、聖女様のよき友人であれ――」
――院に魔王襲来のお告げがシルヴィア様からなされた時、楓様はエイミー様と紅茶召し上がっておられました。
「ワタシも行くわ!」
「ダメよ」
「どうして!?ワタシだって聖女よ!」
「でも、二人とシルヴィでは敵わないことくらい、分かっているでしょう?」
「でも、だからって行かないわけには……」
「大丈夫よ、聖女が一人いれば追い返すことはできるって、エリスは言っていたでしょう?」
「まさかっ!?」
「カエデ、あなた死ぬ気!?」
聖女様がお隠れになる瞬間、残りの魔力を放出して聖域を張り、数年の間魔物を寄せ付けなくなるそうです。
「死ぬのなら若いあなたより、老いぼれの方がいいわ」
「カエデっ……!」
「楓様……」
「ダイアンちゃん、エイミーをよろしくね。ダイアンちゃんにはいつも同い年の愚痴みたいなものをしてしまっていたけれど、ごめんなさいね」
「そんな、楓様……」
「貴女は私の親友だわ」
「っ……思い残したことはないのですか?」
私は覚悟を決めてしまわれた楓様をあえて揺らがせるようにその言葉が出てしまいました。
それが私の最後の足掻きでした。
「ふふ、沢山あるわね。エイミーの英語教師としての毎日の愚痴を聞いてあげられないし、ダイアンちゃんやエリスとはまだしたいお話がいっぱいあったもの。それに、私の名字をあげた孤児の子達のことも心配ね……」
寂しそうにそう言う楓様ですが、もう決意はされているのだと思います。
「肇と天、あの二人をあの家に残したのは心残りね……。肇には自分で選んだ責任があるけれど、天にはないもの。天、今大丈夫かしら……?」
肇様とは、楓様の元の世界のお子さま、天様というのはお孫様です。
「特にあの子には喧嘩別れみたいになってしまってね。出来ることなら、あの時のことを謝りたいわ」
楓様はそうは言いつつも、聖装をお付けになりました。
「まあ、それも未来に託すわ。学校が、皆が、環境を良くしてくれると私は信じているから」
「楓様……」
「ああ、そうそう……」
楓様は振り向かずにこう私に言いました。
「私がいなくなったら、ここは孤児院にでもして役立てて」
それが楓様からの最後のお言葉でした。




