第207話 氷震
『――王水氾濫――』
僕の知らない水属性の最上級魔法……。
強い酸の洪水は雪を含め何もかも全てを溶かしていく。
「重曹水!」
まずいことに気付いたエルーちゃんは中和を試みた。
「ジュウウ……」
中和はできたが、酸とアルカリによって起こる発熱で、とたんに寒かった辺りが暑くなる。
「エルーシア、やるやん!」
玄武はエルーちゃんを素手で殴るもエルーちゃんは避ける。
右、左、上凪払いを避けながら、エルーちゃんは杖をしまって手に氷のグローブを纏う。
「はっ!」
バシン!と一撃お見舞いすると、手を交差させて受けた玄武は10メートル程後方へと吹き飛ばされた。
「っー!強いな、自分!」
エルーちゃんはその咄嗟の隙に杖を取り出して魔法を放つ。
「「氷の領域!」」
温水で暑くなった一帯を急激に冷ますように、氷の床を張る。
「ん……?」
床が揺れている……?
「これは、氷震です」
氷震……そうか!
この一帯に溢れた暖かい水のせいで、張った氷の床に亀裂が走ったんだ。
ゴゴゴゴと音が鳴ると、亀裂が走ったところから崩れていく。
「何や何や?」
「間もなく、氷河湖決壊洪水が起きます」
わざと温水の上に氷を張ったのは、わざと亀裂をいれて落とすためだったんだ……。
一気に氷が落ちて水かさが増し、それが各所で起こると巨大な波を産み出す。
これが、氷河湖決壊洪水……。
「う、うおああっ!?」
溶けなかった一部の氷の床は、浪の上に浮かんでぐらぐらと揺れ出す。
人化でバランス力のついていない玄武はすぐにバランスを崩し尻餅をついた。
「はあっ!」
動けなくなったところをエルーちゃんは氷の拳で殴りかかる。
「そこまで」
僕は二人の間に入って、エルーちゃんの拳を素手で止める。
「あっ……そんな……ソラ様……」
「成長したね、エルーちゃん」
左手は腫れていて使い物にならなくなっていた。
リフレクトバリアを張ると跳ね返してエルーちゃんが怪我をしてしまうからね。
怪我をするのなら僕でいい。
「も、申し訳ございません!」
「気にしないで。すぐ直せるし」
「キュアハイヒール」と唱えて自分の腕を治す。
「も、もうちょっと御身を労ってください……」
「ごめんね」
「いやぁ、さっすがソラの弟子やな!気に入った!手ぇ出し!」
「は、はい!」
エルーちゃんが手の平を玄武に向けると、水の雫の加護のマークは亀とそれにくるまっている蛇のようなマークへと変わる。
「ありがとうございます……ええと、もしかしてテティス様の加護って……」
「ああ、上書きされるわね」
「そ、そんな……。私、テティス様と離ればなれになるなんて……!」
涙ぐむエルーちゃんの雫を掬うティス。
「なあに?そんなこと心配していたの?上書きはされるけど、私とエルーは一度加護で繋がっているのだから、念話は聞こえるわよ」
「へっ……?」
「そうなの?」
「せやで!これからは、父娘揃って喧しくするさかい、よろしゅうな!」
「は、はいっ!」
エルーちゃんは向日葵のようなとびきりの笑顔で返事をした。




