閑話53 御成り
【樹下藤十郎視点】
「表をおあげ」
陛下から御許しを得て夏樹殿と拙者は顔を上げる。
「久しいの、樹下や」
「陛下もご機嫌麗しゅう」
「ほっほ。みんな御前さんを待っとったよ」
奥の襖には、既に樹の者達の影が揃っていた。
「それは申し訳ありません。少々人助けをしておりまして……」
「相変わらずお人好しじゃの。もしや、女かえ?」
「左様で」
「おお、珍しいこともあるもんじゃの!して、やったのか?」
「あなた?」
皇后陛下のにこやかなご尊顔がその場を凍りつかせるも、陛下は相も変わらず呑気なものだ。
「ええじゃないか!この堅物がどうにかなったのなら、儂も肩の荷が降りるというもんじゃて」
「彼女とはそういうものではありませんよ。目的を同じくするもの同士ではございますが」
「目的とな?」
「ええ。陛下、その者ケイリーは腕の立つAランク冒険者。此度の護衛に付かせてはいただけないでしょうか?」
「やけに買っとるな」
「私からも推薦いたします。道中付き添いましたが、彼女の弓術は素晴らしいものが御座いました」
隣にいた夏樹殿も約束通り推挙してくれる。
「夏樹まで……」
「それに彼女は断っても付いてくると思いますよ」
「それは、そういうことと思ってよろしくて?」
皇后陛下が積極的に口を挟まれるとは、珍しいこともあるものだな……。
「ええ、端から見ている分には面白うございますよ」
「私としては、そろそろ貴女にも身を固めて貰いたいのだけれど……。ま、今回はその子を尊重しましょうか。樹下もそろそろ身を固めてほしいというのは事実ですからね」
なるほど、色恋の話だったか。
「皇后陛下、それは相手にも失礼かと。それに、拙者には既に心に決めた人がおります故」
「「!?」」
「なんじゃと!?名は、なんという……?」
拙者の発言に一同が驚きを表す。
予想外だったのであろう。
「聖国の『乙女の秘密』、シエラ・シュライヒという者です」
「「!?」」
何故かその名を口にすると、両陛下はたいそう驚かれる。
「その人とは、どこでお会いしたの?」
「フィストリアの雪山でケイリーが負傷していたところを助けて貰ったのです」
「……」
急に深刻な顔をし出す両陛下を見るが、私は既に覚悟を決めていた。
やがて沈黙を破ったのは陛下だった。
「儂からは何も謂えぬが、悪いことは謂わん。そのお方はやめておけ」
いつも冗談が多くお優しい陛下のこんなにも低くどすの聞いた声は初めて聞いた。
「それは、相手が大聖女様の弟子だからですか?」
「そこまで知っているのね」
「そこまでしか知りませんが、それだけで十分。お相手が大聖女様ご本人ならご法度とはなりましょうが、弟子ならば色恋は自由のはず」
「「…………」」
「私は、彼女に名を明かすつもりです」
「「!?」」
梛の国の生まれで名前を明かすのは、婚約を申し込む時か、聖女様を前に名字を名乗らない時だけだ。
「そうか。後悔することになるぞ……」
「そうね……」
「ご忠告、感謝いたします。しかし、拙者の気持ちは変わりませぬ」
拙者は男として覚悟したのだ。
まさか半生ほど守護してきた両陛下にこれほどまで反対されるとは思わなかったが、反対されると俄然恋というのは燃えてくるものなのだな。
なんとも言えない空気と共に、拙者は聖国への護衛の任を楽しみにしていた。




