第19話 魔力
ハインリヒ。
『僕が聞いたことある名前』という時点で、おかしい。
そう、おかしいんだ。
ゲームの『地図』に載っている名前にだけは詳しい僕が、異世界の名前を知っていることが。
だって、この聖女院のある国の名前こそが『ハインリヒ王国』だから。
「お、おうじょ……さま!?」
「あら? さま、だなんて♪ 立場は私の方が下なのですから、気軽にソフィアとお呼びくださいな」
包容力のある笑みを見せる。
「それとも、今は王女さまである必要がありますか?」
さっき、今は誰もいないと言っていたが、それは誰かが来るかもしれないということでもある。
「初めまして、王女殿下。 シュライヒ侯爵が娘、シエラ・シュライヒです」
院でメイドさんがやっていたカーテシーを見よう見まねで行う。
「ふふ、はじめまして」
や、やり方がぎこちなかったのか嗤われてしまった。
「うふふ、ごめんなさい♪ ネタばらしをしますと、私はハイエルフ族なのです」
ああ、挨拶を嗤われたわけではなかったのね。
しかし、ハイエルフ……。
「――ああっ! 魔力視!!」
エバ聖でハイエルフは他人の魔力が目に見えるという設定があった。
思わず声を上げてしまった。
せっかくソフィア王女が気を遣ってくれたのに、これじゃあ台無しだ。
「ふふ。 サクラさまも初めてハイエルフをお目にかかれたときに、同じように興奮されていらしたそうですよ」
サクラさん……。
でもしょうがないよね、元ゲームプレイヤーだもの。
「貴方からはサクラさま以上の、とてつもない量の魔力を感じます。 それに……まるで魔力が透き通っているかのようです」
僕は実際に魔力を視ることはできないから分からないけど、そういう見え方なんだ。
最初からバレバレだったわけだ。
それじゃあ仕方ない。
けど僕が聖女であると見破ったのはいいけれど、僕が男だとは一目見ても見破れないのはなんでなんだろ……。
魔力視でも僕が女だとはわからないものなのかな……?
中身が見られているのに、そこだけバレていないのはなんというか、複雑な気分だ。
それにわざわざ王女様が僕に用があるなんて、なんの件だろう?
「では入学式の段取りを説明しますね」
「…………へっ?」
「いや、そのために呼んだわけですから」
他意はなかった。
ありもしない悪意や裏を読もうとした自分に恥ずかしくなった。
◆◆◆◆◆
「――では、段取りは以上です。 あとは入学生代表の言葉を考えておいてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
エルーちゃんが紅茶を出してくれたのを飲み、一息つく。
というか聖徒会……もとい生徒会にティーバッグが常備されてるんだ……。
ソフィア王女も一息つく。
「そうそう。 お茶で思い出したのですけれど、明後日サクラさまと王城の私の部屋でお茶の予定があるんです。 シエラさん、よかったらソラ様にもお越しいただけないかとお伝えしていただけないかしら? 幸いお父様もお母様も外出しておりますから」
王城でお茶会、なんてロイヤルなイベントだ……。
王城には少し興味あるけど……不安だ。
うーん、悪い人ではなさそうだし、サクラさんもいるし大丈夫かな……?
こくりと返事をした瞬間、ガチャリとドアが開いた。
「ソフィア様、いらしたのですね」
入ってきた女性は紺色の髪をしており、後ろ髪はポニーテールでまとめていた。
紺色が揺れる姿はこいのぼりを見ているときのように、それとなく芸術性を感じる。
下から黒い長ブーツ、白いキュロット、上は白シャツに高貴な装飾が施された黒い長袖のジャケット、手には白の手袋をしており、まるで前世の乗馬のような服装だ。
言葉を失うほど凛々しい。
女性に間違われたり可愛いなどと謂われ続けた僕にとって、憧れの塊のような存在がそこにいた。
「もう、学校にいる間は会長って呼んでください」
「でも今は他に誰も……おや、すまない。 客人がいたのか」
見とれ呆けていると、エルーちゃんがあわあわしているのに気付く。
ああ、名乗らないと、だよね……。
「シエラ・シュライヒと申します」
「エルーシアと申します」
「ああ、君が例の……。 すまない、邪魔をしてしまったかな?」
顔を近づけてくるその格好良い女性の佇まいを目で追っていると、段々と鼓動が早くなっていくのを感じる。
「い、いえ! 話は終わりましたので。 私はこれで失礼致しますっ!」
「あ、ちょっとシエラさ――」
憧れの存在に対面してどぎまぎしてしまい、逃げるように退散してしまった。
「はぁっ、はぁ……あっ」
扉を閉め切ってから気が付いた。
しまった、名前を聞きそびれた……。




