第19話 魔力
ハインリヒ……『僕が聞いたことある名前』という時点でおかしい。
そう、おかしいんだ。
ゲームの『地図』に載っている名前にだけは詳しい僕が人の名前を知っていることが。
だって、この聖女院のある国の名前こそがハインリヒ王国だから。
「お、おうじょさま……」
「あら?さま、だなんて。立場は私の方が下なのですから、気軽にソフィアとお呼びくださいな」
包容力のある笑みを見せる。
「それとも、今は王女さまである必要がありますか?」
さっき、今は誰もいないと言っていたが、それは誰かが来るかもしれないということでもある。
「初めまして、王女殿下。シュライヒ侯爵が娘、シエラ・シュライヒです」
院でメイドさんがやっていたカーテシーを見よう見まねで行う。
「ふふ、はじめまして」
や、やり方がぎこちなかったのか嗤われてしまった。
「ふふふ、ごめんなさい。ネタばらしをしますと、私はハイエルフ族なのです」
ああ、挨拶を嗤われたわけではなかったのね。
しかし、ハイエルフ……
「ああっ!魔力視!!」
エバ聖でハイエルフは他人の魔力が目に見えるという設定があった。
思わず声を上げてしまった。
せっかくソフィア王女が気を遣ってくれたのに、これじゃあ台無しだ。
「ふふ、サクラさまも同じように興奮されていらっしゃったそうですよ」
サクラさん……。
でもしょうがないよね、エバ聖プレイヤーだもの……。
「貴方からはサクラさま以上の、とてつもない量の魔力を感じます。それに……まるで魔力が透き通っているかのようです」
僕は実際に魔力を視ることはできないから分からないけど、そういう見え方なんだ。
最初からバレバレだったわけだ。それじゃあ仕方ない。
でも、わざわざ王女様が僕に用があるなんて、なんだろう。
「じゃあ入学式の段取りを説明しますね」
「…………へっ?」
「いや、そのために呼んだわけですから」
他意はなかった。ありもしない裏を読もうとした自分に恥ずかしくなった。
「――では、段取りは以上です。あとは入学生代表の言葉を考えておいてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
エルーちゃんが紅茶を出してくれたのを飲み、一息つく。
というか聖徒会……もとい生徒会にティーバッグが常備されてるんだ……。
ソフィア王女も一息つく。
「そうそう、お茶で思い出したのですけれど、明後日サクラさまと王城の私の部屋でお茶の予定があるんです。シエラさん、よかったらソラ様にもお越しいただけないかとお伝えしていただけないかしら?幸いお父様もお母様も外出しておりますから」
王城でお茶会……なんてロイヤルなイベントだ……。
王城には興味あるけど……うーん、悪い人ではなさそうだし、サクラさんもいるし大丈夫かな……。
返事をしようとしたら、ガチャッと扉が開いた。
「ソフィア様、いらしたのですね」
入ってきた女性は紺色の髪で、後ろ髪をポニーテールでまとめていた。
下から黒い長ブーツ、白いキュロット、上は白シャツに高貴な装飾が施された黒い長袖のジャケット、手には白の手袋をしており、まるで前世の乗馬のような服装だ。
言葉を失うほど凛々しくて格好いい。
女性に間違われたり可愛いなどと謂われ続けた僕にとって、憧れの塊のような存在がそこにいた。
「もう、学校にいる間は会長って呼んでください」
「でも今は他に誰も……おや、すまない。客人がいたのか」
見とれ呆けていると、エルーちゃんがあわあわしているのに気付く。
ああ、名乗らないと、だね……。
「シエラ・シュライヒと申します」
「エルーシアと申します」
「ああ、君が例の……。すまない、邪魔をしてしまったかな?」
「い、いえ。話は終わりましたので。私はこれで失礼致しますっ!」
憧れの存在に対面してどぎまぎしてしまい、逃げるように退散してしまった。
しまった、名前を聞きそびれた……。