第171話 手品
開会式を終え初戦、対戦カードは僕だった。
<3年Sクラス、エディス・ベレスフォード!前回大会で3位決定戦を制した実力者です!>
拡声魔法で広報委員長であるミア様の声が響いてくる。
<対して、今年の優勝候補筆頭!学園長を実力でねじ伏せた大聖女様の一番弟子!1年Sクラス、シエラ・シュライヒ!>
これほど嘘で塗り固められた自己紹介もないだろう。
「大聖女の一番弟子」も「シエラ・シュライヒ」も大嘘なのだから。
事実を知っている人たちは今頃嘲笑っているかもしれない……。
「大層な自己紹介ね」
「うう……」
七三分けのロングヘアを靡かせたエディス様にも登場早々にそう言われてしまった。
<お互いにーーーーっ、構えて!>
「私にも意地がある。ただで終わる気はないわよ」
お互いに木の杖を構える。
単純な力比べができるように、武器は同じものを使うのが慣わしだ。
<スリー!ツー!ワン!>
「「「トリック・スタート!」」」
観客の皆がノリノリでコールをすると、5分のカウントダウンが進み始める。
魔術大会だからこそ、このコールなのだろうか?
このカウントが0秒になった時に決着がついていない場合、審査員評価で勝ちが決まる。
僕が一致団結したような観客を見て呆気にとられていると、エディス様は土魔法の「石連弾」を放つ。
「「ッ!?」」
その瞬間、驚いたのは僕だけでなく、エディス様も同じだった。
これは、中々に練度が高い魔法だ。
だが、エディス様はミカエラ先生が講師のはず。
まさか、こちらの練習を盗み見て、裏で練習していたのだろうか?
僕はリフレクトバリアで弾き返すと、「石の壁」で防ぐ。
「ふ、やるわね……」
その「石の壁」を見た瞬間に僕は最初の違和感の正体に気づいた。
これは練度が上がっているわけではない。
技の練度が上がったとき、同時に上昇するのは威力だけではない。
威力、大きさ、そして発動速度が全部平等に上がる。
エディス様が披露した二つの魔法は、どちらも威力と大きさがあるのに、発動速度だけが遅い。
あの魔法はどう見ても練度を上げている速度とは思えない。
それは皆の講師をして実際に見ていたから分かる。
では何故、威力が高いのだろう?
あと可能性としてあるのは、同じ条件だとしたらレベルが上がっていることか、加護持ちであることくらいだ。
加護も発動速度が上がるので違う。
すると残りはレベルが高いことだ。
まさか、西の国の貴族であるベレスフォード侯爵家は、令嬢に迷宮に籠らせてレベル上げを行わせるような貴族なんだろうか……?
いや、そうだとしてもおかしいことがある。
迷宮に籠ってレベル上げをしているような人は、魔物を魔法で倒しているはずなので、練度が高くないとおかしいんだ。
もしパーティーに参加してレベル上げをしていたとしても、少なくとも一撃は入れないと経験値は貰えない。
その過程で練度が上がっていないのなら、わざわざ魔法使いなのに物理で殴るなどの特殊な事をしていない限り今の現象に辻褄が合わないことになる。
「石巌の棘」
そんなことを考えていると、エディス様の近くの地面から棘がガン!ガン!と次々に花が咲いていくかのように飛び出てくる。
棘が僕に刺さるタイミングでリフレクトバリアを張り弾き返すと、二倍の大きさになって今度は棘が向こうに延びてゆく。
僕はこの大会で加護なしの相手に対してどのように相手だけを引き立たせて勝つかを考えた。
僕が光属性魔法なんかを使ってしまえば、その瞬間に決着がつきかねず、更には注目の的になってしまう。
いかに地味に、みんなの印象に残らずにソフィア会長との約束を守るかが僕の今後を考えた最善手だ。
その結果、全て無属性魔法、つまりリフレクトバリアだけで完封するという結論にたどり着いた。
これならパフォーマンスとしては大ブーイングだろうが、ブーイングされるのは僕だけで済むだろう。
エディス様が「砂の床」で足場を空中に作り、そこに乗って回避したとき、上から差し込むライトの角度が良くなり、更には僕側に近づいたからなのか、杖がよく見えるようになった。
「っ!?」
どうして始めに「石連弾」を放ったとき、僕だけでなくエディス様自信が驚いたのか。
どうして威力と大きさが強くなっていて、発動速度だけが遅いのか。
螺旋状の蔓のようになっている杖の木目は、それらの手品から僕を最期まで誤魔化すことができなかった。
あの杖は、ゲーム序盤に得られる初期武器、『木の杖』なんかじゃない。
あれは魔力消費が2倍になる代わりに技の威力が1.5倍になる武器、『精霊樹の杖』だ。




