第165話 慎重
「取り乱しちゃってごめんなさい……」
「あら、ソラちゃんの前だといつもそうじゃない」
「サァァクゥゥラァァ?」
ぷっくーと怒るエリス様。
そんな姿を僕に見せるのは珍しい。
「マコトはね、父親の亡くなった元嫁との子でね。新しい家族とは反りが合わなかったようで大分いじめられていたそうよ。サクラとは似た境遇かもしれないわね」
「そう……」
そういえば僕、サクラさんの過去はあまり知らないな……。
本人が言いたくなさそうだったから聞かなかったけど、聖女はそういう境遇の人が多いのだろうか?
「学校とか外では普通に生活していたし、友達もいたんだけどね。家族仲だけが良くなかったみたい。だから二人とも、仲良くしてあげてね」
それなら、悲しんでくれる人はいたのかな?
不謹慎かもしれないけど、少し羨ましい。
「ソラ君のような人は中々いないからね……」
僕の感情に気付いたのか、そう答えるエリス様。
「私にはお祖母ちゃんとエリス様が見ていてくれましたから、それで十分ですよ」
「ああもういい子っ!もっと欲張っていいんだよ、ソラ君は……」
十分自由にさせてもらっていると思うけどなぁ……。
「あんな檻の中よりは出来ることがいっぱいあって楽しいですよ」
それが僕の本心だった。
「それよりエリス様に聞いておきたいことがあったんです」
「聞いておきたいこと?」
「実は先日、一年先輩のマヤ様って方に取り憑いてしまったリッチを追い払ったんです」
「リッチ……」
「で、エリス様ならその湧き地点を知らないかなと思って……」
エリス様は少し考えた後、こう答えた。
「ごめんなさい。わからないわ……」
単純にわからないなら即答できたはず。
エリス様、もしかして何か隠してる……?
「ソラ君、これは忠告だけど、この件は慎重になってほしいの。あなたが死んでしまったら、私は悲しみに暮れて我を忘れてしまうと思うわ……」
「でも先延ばしにすればするほど、犠牲者は増えていきますよ?」
「それでも、お願いだからできるだけアレには関わらないで……。リッチについてはシルヴィから声明を出させるから、民からの報告があり次第安全に処理させるわ」
「……いつか向き合わないといけなくなると思います」
「分かってる。……でもそれは今ではないはずよ。サクラが妊娠中の今、動ける中でリッチの即死に耐えられるのはソラ君とシルヴィだけしかいないの。だから、お願い……」
逆に大人数だと死人が増える気がするけどな……。
僕はソロプレイでしかやったことがないから余計にそう思ってしまうのかもしれないけど。
まあ僕でも平均二割くらいの確率で負けていたから、ソロでもこちらに分があるとはいえ死ぬ可能性も否めない。
「分かりました。……でも、私はサクラさんの出産が終わるまで手をこまねいているつもりはありませんからね」
僕は限られた中で僕に出来ることをするだけだ。
「ソラ君……怒ってる?」
「怒る?どうしてですか?」
「欲張っていいなんて言っておいて、反対することを言って……」
「でも私のためにそう言ってくれたのは分かってますから」
臆病になっているエリス様を安心させるように手をとる。
「んひぃっ!?ソ、ソラ君のお、おててっ……!」
おててて……。
「エリス様、心配してくれて、ありがとうございます!」
感謝を込めて、静かに微笑む。
「ああ、女神……」
いや、女でもないし、女神はあなたでしょう……。




