閑話41 色眼鏡
【エレノア・フィストリア視点】
「久しぶりだな、エレノア……いや、エレノア王女」
「エレノアでいいさ、アンネ室長。やっと帰ってこれてホッとしているよ」
長らく借りていた本を図書館に返し、いつものようにクラフト研究室に顔を出す。
いろいろあったけど、ここのみんなは相変わらずで安心した。
「まさかエレノアが王女だったとはね」
「……らしくないことくらい自分が一番分かっているさ」
「いや、通りで見目麗しいと思ったよ。そういえば、今日はソラ様がお帰りになられているそうだね」
アンネ室長からそんな話を聞く。
「来て早々、どこに行くんだ?」
「ソラ様が帰ってきているならそちらが優先だ。ソラ様にお礼を言いに行ってくる」
ボクは研究をしたかった欲を押さえて研究室を飛び出す。
足取り軽く朱雀寮に向かう。
久しぶりに帰ってきたものの、寮にはソラ様以外は誰もいないようだった。
一階に降りると、浴場の方から声がした。
「ふん、ふふん、ふん、ふ~ん♪」
浴場の脱衣所に向かうと、鼻歌が聞こえてくる。
あちらの世界の曲なのだろうか?
ご機嫌なソラ様は珍しい。
声だけでもいつにも増して可愛らしいのだから、それはもはやズルだ。
ソラ様は恥ずかしがり屋で普段は一緒に入りたがらない。
だからこの機会に入ったのだろう。
「ふ~ん、ふ、ふ~ん♪」
ソラ様の一人コンサートを聴きながら服を脱ぐ。
高音が心地よい。
聖女様の鼻歌はヒーリング効果でもあるのだろうか。
一人風呂を邪魔するのは気が引けたが、お互いにもう隠すことなんてないだろう。
ボクは何よりも真っ先に感謝の言葉を伝えたかった。
そしてあわよくば、気持ちを伝えるつもりでいた。
「ソラ様!ボクも一緒に入らせて……」
ガラガラと開けると、目の前にソラ様がいた。
「えっ……」
「えっ……!?」
ソラ様の裸体は初めて見たが、やはり可愛らしい。
女性が羨ましがるほどの可憐さだ。
「…………」
「…………」
女性が羨ましがるほど……?
何を言っているんだ、ボクは。
ソラ様は、聖女様だぞ。
見た目も性別も女性だったじゃないか。
だが、ボクの目の前に今まさに振り子のように揺れているソレを目の当たりにして、ボクはそれまでの常識を疑い始めていた。
「エ、エレノア様っ!?ど、どどどどうしてここにっ!?」
ボクよりも十数倍も慌てているソラ様を見て、かえって落ち着いてしまった。
「寮に帰ってきたら、珍しくソラ様が入っていると思って一緒に入ろうと……。その声、やっぱりソラ様なんだよね……?」
その顔を見ても、その黒い髪色を見ても、どう見てもいつも見ているソラ様だ。
ボクにはついていない真ん中にぷらぷらと揺れている違和感のみがボクの認知していない領域だった。
ソラ様はボクの視線を遮るようにその領域を手で隠した。
「あの、僕はこれで……」
一人称が変わったことに気付いたボクは、立ち去ろうとしたソラ様の行く手を阻むように、ピシャリと浴室の扉を閉めた。
「ど、どうして閉めるんですかっ!?」
ここでソラ様を帰らせてしまえば、ソラ様は友達を止めると言い出してもおかしくはない。
「まあまあ、せっかくソラ様と一緒に入れるのだから、少し付き合ってくれないかい?」
「み、見えたでしょう!?僕、男なんですよっ!?」
欲しかった答えが帰ってきた。
ソラ様は殿方だったのだ。
道理でいつも一緒に入ってくれないわけだ。
道理でエリス様やエルー君が惚れるわけだ。
道理でボクも……。
土魔法で鍵をがっちり固定し、ソラ様の方に向かう。
「ソラ様、この世界では男だ女だというのは、あまり関係ないんだよ。女同士でも子供を作れるし、同性婚も認められてるのさ」
何を言っているんだと我ながらに思ったが、これが今のボクの本心なのだろうか。
退路を断たれたと悟ったソラ様は浴槽に飛び込む。
「そういうことじゃなくて!」
ボクもに続くように浴室に足を浸かる。
そこでまだ身体を洗っていないことに気付いたボクは、両手を広げてソラ様にお願いをした。
「清掃、ボクにかけてくれないかい?」
女性の身体に興味を持っても何も不思議ではない。
少し恥ずかしかったが、ソラ様が元気になるのならばと思い、身体を見せる。
恥ずかしそうに顔をそらしながら、ソラ様は清掃をかけてくれた。
「ありがとう」
「い、いえ……」
「そうじゃない。改めてボクを助けてくれて、ありがとうと言いたかったんだ」
「それは……友人ですから当然のことですよ」
「今までそれを当然と言った友人はボクにはいなかったよ」
「……僕には今まで友人がいなかったんです。だから、他の人がどうとかは分からないです……」
……やってしまった。
「ソラ様……すまない。軽率だった」
やはり自分語りが多くなるといけないな。
ソラ様のように多くを語らない方が格好良い。
多くを語らないせいで、性別さえも分からなかったのだから。
彼女……いや彼はあとどれほど隠し事をしているのだろうか?
「……いいんです。僕は見ての通り、こんな歪んだ存在ですから。エレノア様は、僕にとって数少ない、大切な大切なお友達だったんです」
ソラ様の本当の一人称は僕なのか。
「僕っ娘みたいで可愛い」という感想になるのは、既に度のない色眼鏡で視てしまっているからだろう。
恋は盲目と言うしね。
「過去形にはしないでくれ。ソラ様が男だったくらいで友達をやめるつもりはないよ」
「エレノア様……」
「だがやっぱり友人として、仮を作りっぱなしなのは嫌なんだ」
ソラ様とは対等な友達としてありたい。
いや、友達以上であるならばそれでいいが、仮を作るようなことはあまりしたくない。
「ソラ様、何かないか?たとえばそうだな……これだけ美少女達に囲まれていれば、性欲のひとつや二つ、出てきても何も不思議じゃないだろう。ボクはいつもあんなだが、多少なりとも見目には自信がある。その処理を任せて貰うくらいはできると思っているが、どうだろうか?」
「そ、そんなことっ!?……そ、それは友人同士ですることではないですよっ!!」
ソラ様のもとへすり寄る。
「それとも、ボクでは不足かい?まあ確かに、胸はないが……」
「そ、そんなこと……」
ボクはソラ様に近づいて、湯船の中をまさぐる。
「あ、ちょ……今掴んじゃ……!」
触れると、むくりと起き上がる。
ソラ様はびっくりしたように後ろへ引いてしまう。
「あふ……」
「よかった……。ボクでもそうなってくれるみたいだね」
後ずさるソラ様はボクのように顔を真っ赤にしていた。
元気になってくれたことに、ボクは喜びを感じてしまっていた。
「それは、そうですよっ!エレノア様は、もっと自分自身の魅力に気付くべきですっ!」
「なら、ボクがそれを鎮める手助けをしても構わないだろう?」
「だ、だめですっ!エレノア様は僕がソラだと知ってなお、友達って言ってくれた初めての人なんですっ!だから、そんな友達を失いたくはないんですっ!」
「ソラ様……」
そこで初めてソラ様がボクとの間に境界線を引いたことに気付いた。
何をやっているんだ、ボクは。
ソラ様は大分顔が熱くなっていた。
「ちょっと、ソラ様?大丈夫かい?」
「あ……」
ふっと赤い顔が真っ青になったとき、ソラ様は水面に倒れこんだ。
「ソラ様っ!?」




