第149話 処理
「…………」
「…………」
人間、ありえないことが起こると脳の処理が追い付かなくなって黙ってしまうんだなと思った。
やがてパニックに脳が追い付き、静寂を破る。
「エ、エレノア様っ!?ど、どどどどうしてここにっ!?」
「寮に帰ってきたら、珍しくソラ様が入っていると思って一緒に入ろうと……。その声、やっぱりソラ様なんだよね……?」
その視線の先に見える何かを見つめてそう言うエレノア様。
その視線を遮るべく、僕は手で前を隠す。
「あの、僕はこれで……」
もう何を言っても言い訳になるので、そう言って立ち去ろうとした僕を止めるかのように、ピシャリと浴室の扉を閉めてボクの前に立ちはだかる。
「ど、どうして閉めるんですかっ!?」
「まあまあ、せっかくソラ様と一緒に入れるのだから、少し付き合ってくれないかい?」
「み、見えたでしょう!?僕、男なんですよっ!?」
土魔法で鍵をがっちり固定すると、僕の方に向かって歩き出す。
「ソラ様、この世界では男だ女だというのは、あまり関係ないんだよ。女同士でも子供を作れるし、同性婚も認められてるのさ」
退路を断たれた僕は自分の身を隠すために浴槽に飛び込んだ。
「そういうことじゃなくて!」
エレノア様は僕に続くように浴室に足を浸かり、両手を広げて全身を隠すことなく僕に向ける。
「清掃、ボクにかけてくれないかい?」
恥じらいは少しあるみたいだけど、大事なところを隠す素振りは全くない。
胸は大きくはないけれど、それに余りある綺麗な白い髪と美貌で、気を抜くとまずいことになってしまいそうだ。
このままではエレノア様があられもない姿を晒したままになってしまうので、僕は仕方なく清掃をかけた。
「ありがとう」
「い、いえ……」
「そうじゃない。改めてボクを助けてくれて、ありがとうと言いたかったんだ」
「それは……友人ですから当然のことですよ」
「ふっ、当然、ね……」
エレノア様は僕の前に立ちはだかると、そのまま波を立たせずに座り込む。
「今までそれを当然と言った友人はボクにはいなかったよ」
「……僕には今まで友人がいなかったんです。だから、他の人がどうとかは分からないです……」
「ソラ様……すまない。軽率だった」
「……いいんです。僕は見ての通り、こんな歪んだ存在ですから。エレノア様は、僕にとって数少ない、大切な大切なお友達だったんです」
もう、友達としては見てくれないかもしれないけどね。
「……女装させられたのは大方エリス様に頼まれたとかだろう?」
流石に鋭い。
僕はこくりと頷く。
「過去形にはしないでくれ。ソラ様が男だったくらいで友達をやめるつもりはないよ」
「エレノア様……」
「だがやっぱり友人として、仮を作りっぱなしなのは嫌なんだ。まあアレクシアから念を押されたからというのもあるが、そっちは大した理由じゃない」
親子なんだから、「母上」や「お母さん」と呼べばいいのに、変わらないままということに気付き、少しおかしく思えた。
「ソラ様、何かないか?たとえばそうだな……これだけ美少女達に囲まれていれば、性欲のひとつや二つ、出てきても何も不思議じゃないだろう」
「う……」
先程それを実感した手前、いいえとは言えなかった。
「ボクはいつもあんなだが、多少なりとも見目には自信がある。その処理を任せて貰うくらいはできると思っているが、どうだろうか?」
しょ、処理っ!?
「そ、そんなことっ!?……そ、それは友人同士ですることではないですよっ!!」
「ああ、そんなことは些細なことだ。友人からステップアップして恋人や妾になっても構わない。アレクシアからもそう提案されたことだし、丁度いいさ」
「……エレノア様は、そういう王家のしがらみが嫌で聖女学園に来たとアレクシアさんから聞いたのですが……」
そういうのが嫌だからフィストリアを抜け出したんじゃなかったの?
「確かに、今でもそういうのにはうんざりしているさ。だが、相手がソラ様だというのならボクは喜んで受け入れるよ」
「……僕はそんな王女様に似合う男じゃないんです……」
「君は今聖女様だ。周囲がどう思おうが、あなたが法だ。それに、らしさでいうならボクの方が全然王女らしくないよ」
そんな美貌を持っておいて、王女らしくないなんてよく言えるよ……。
むしろ男の癖に聖女と言われている僕の方こそ、らしくない。
エレノア様は僕のもとへすり寄ってくる。
「それとも、ボクでは不足かい?まあ確かに、胸はないが……」
「そ、そんなこと……」
エレノア様の顔が間近になったとき、なにか下をまさぐる仕草をする。
「あ、ちょ……今掴んじゃ……!」
その硬さにびっくりしたのか少し驚くが、やがて熱を込めてゆっくりと微笑む。
「あふ……」
「よかった……。ボクでもそうなってくれるみたいだね」
魔の手から逃げるべく後ずさる僕。
僕の頭は沸騰寸前だった。
「それは、そうですよっ!エレノア様は、もっと自分自身の魅力に気付くべきですっ!」
「なら、ボクがそれを鎮める手助けをしても構わないだろう?」
「だ、だめですっ!エレノア様は僕がソラだと知ってなお、友達って言ってくれた初めての人なんですっ!だから、そんな友達を失いたくはないんですっ!」
「ソラ様……」
その一線を越えたら、僕たちは友達でなくなってしまう。
この世界に来て初めて友達という存在を持った僕にとって、それは何故だかとてつもなく怖いことのように感じ、身震いがしていた。
「ちょっと、ソラ様?大丈夫かい?」
「あ……」
下半身と上半身にそれぞれのぼった血が、ふっと途切れるような感覚を覚えた。
急に脳がぼーっとして何も考えられなくなると、僕はそのまま水面に倒れこんだ。
「ソラ様っ!?」




