閑話39 弟子達
【ケイリー視点】
「ん……」
目を開けると、私はまず暖かいことにびっくりした。
さっきまで、とても寒いところにいたはずなのに……。
「ここは……天国か?」
それにしては暗い。
いや、地獄なのだろうか。
「目が覚めたか」
男の声がすると、かちゃりと得物が鳴る音がする。
「貴殿は……」
「拙者は樹下。Sランク冒険者をしている」
「まさか、東国の守護神!?」
「左様。貴殿の名は?」
「ああ、これは失礼した。私はAランク弓術士のケイリーだ。樹下殿が助けてくださったのか?」
まさか、北の国のこんな山奥で有名なSランク冒険者に会え、助けて貰えるとは……。
運命などというものはあまり信じない方だったが、少しは信じてもいいのかもしれない。
「ああ。拙者は武者修行でこの山奥に来ていたのだが、昨日貴殿が倒れているのを発見してこの小屋まで運んだのだ。貴殿は、どうしてここに?」
「そうか、樹下殿が助けてくれたのか……。私はこの国の王城で働いている妹のモニカに会いに来たのだが、森で迷子になってしまってな……。普段ならやられることはないのだが、空腹で力が出なくて、アイスウルフにやられてしまったのだ……」
「そうであったか。体は大事ないか?」
そう聞かれて自分の体を確認するも、傷ひとつ残っていなかった。
「……これは、まさか樹下殿が……?」
「いや、拙者ではない。この小屋を通りかかった大聖女様の弟子と名乗るステラ殿が無償で助けてくれたのだ」
「大聖女様の弟子だと!?」
「ああ。それより腹が減っているだろう。下山する前に、まずは腹ごしらえをしよう」
久しぶりの食事はとても美味しく感じた。
……いや、よく見るとおかしい。
「樹下殿。山小屋の小屋にしては非常食でもなく高級食材に見えるのだが……」
「やはり貴殿も気付いたか……。これはステラ殿と同行していた二人組のSランク冒険者の一人、シエラ殿が分けてくれた食料だ」
……二人組のSランク冒険者?
「個性の強いSランクが二人組んでいるなんて聞いたことがないが……」
「ああ。シエラ殿の隣にいた従者は、なんとハインリヒの『水の賢者』、エルーシア殿だった」
「『水の賢者』だと!?あの最短でSランクに上がったという……」
「左様。それにこんな食事、並大抵の貴族ではありつけもしないであろう……」
「……少なくとも、侯爵よりは上の階級の人物だろうか」
「恐らく。さ、下山しよう。これもシエラ殿の選別だ」
「な、『炎孤の衣』!?こんな高級品を二つも……」
東国にの山奥にいるという炎狐は会うことさえ難しく、Aランク以上でさえひとつ持っていれば自慢できるというのに……。
それを二つも他人に貸すなど、あり得ない。
「貸すだけでなく、本人達も着ていたから、少なくとも『炎孤の衣』くらいならいくらでも貸せるほどの余裕がある実力ということだろう」
「シエラ殿とは、何者なのだ……」
「わからないが、これまでの情報から、導きだされるのはひとつではないか?」
貴族より上の階級……。
大聖女様の弟子……。
「まさか、三人全員が大聖女様の弟子だったのか……!?」
「そう考えるのが自然であろう」
「私はなんという幸運に恵まれたのであろうか……」
私はそこで初めて運命という紛い物を信じるようになった。
その後、魔物が倒された跡のような道を進む。
「ホワイトウルフが蹴散らされている……」
「まるで嵐が過ぎ去ったかのような……」
「まさか、これが彼女達の仕業だと?」
「他に誰もいるまい……」
これが人間業なのか……?
あの危険なフラメス山を何事もなく下山し、北の国フィストリアへ着く。
「あら、久しぶりですね。樹下さん。もしかしてそちらの獣人さんは、彼女さんですか?」
「ち、違う!私は……樹下殿に助けていただいただけだ……」
「何それ何それ!助けられた運命から始まる恋の予感?」
「なっ……」
「それより、奥に通してくれるか?」
「あ、はい。ギルマスに確認しにいきますね」
運命というものを信じ始めていたから、危なかった……。
樹下殿との出会いもまた、運命だったのだろうか?
「ルシア殿?今日はオフィーリア殿は不在か?」
「久しぶりです、樹下さん。いえ、オフィは今別室にいますよ」
ギルドマスターは他の人の対応中なのだろうか?
Sランクを放って対応するほどの来賓……。
いや、まさかな……。
確認しに行きたいが、ギルドではご法度なのでやめておく。
「実は……」
樹下殿が事情を説明した。
「まさか、シエラ様がそんなことに巻き込まれておられるとは……」
言葉遣いからして、あきらかにシエラ殿とは権力者の一族なのだろう。
「それで、お借りしたこの『炎狐の衣』をシエラ殿に返していただきたいのだが……」
「それは構いませんが、もしかしてあなた達、シエラ様にお礼をしに行こうとか考えていますか?」
「それはもちろん、助けていただいたのだから、改めて礼をせねばならん……」
「実は先ほどエルーシア様とステラさんがいらしたのですが……」
「なんだと!?シエラ殿達は確か、山頂から逆方面に向かっていたはず……」
そこからどうやって私達より先に帰ったというのだろうか?
「予め忠告しておきますが、冒険者の余計な詮索には答えられませんよ」
「いや、そんなつもりは……」
「でもその時シエラ様はいらっしゃらなかった。それはなぜだと思いますか?」
「ど、どうしてだ!?」
「理由は貴方に会いたくなかったそうですよ。いったい、シエラ様に何をしてしまったんです、樹下さん?」
「なぁっ!?」
どうする術もなくなってしまった樹下殿はがっくしとうなだれた。
とぼとぼとギルドを後にする。
「……正直をいうと、少し惚れていた」
「!?」
「……だが何か粗相をしてしまったというのならば、せめて謝らねばならぬ……。そして今回のことを感謝せねばならぬ……」
「樹下殿、その……私もついていっても構わぬか?貴殿へのお礼ではないが、戦力として活用して貰えればと思う。それに、私もシエラ殿とステラ殿達に助けていただいたお礼を言いたいのだ……」
「ああ。拙者達は目的を同じくしている同士。まあまずは妹殿に会われるとよい」
「かたじけない。それが終わり次第、ハインリヒへ向かうことにしよう」
「聖国……?どうしてだ?」
「ここで待っていてはシエラ殿が逃げてしまうであろう?であれば聖女様がいらっしゃる聖国にいた方が弟子の噂を聞きやすいだろう?」
「なるほど」
「それに、『水の賢者』殿はハインリヒを活動拠点にしていたはずだ」
「ケイリー殿は頭が冴えるな。頼もしい」
こうして、私は樹下殿と旅をすることになったのだった。




