第143話 娼館
「ソラ様、こちらが長老のオラフ・ヌル・ハインリヒです」
「ソラ様ご一行様、ようこそおいでくださいました」
長老と思わしき髭を生やしたお爺さんがお辞儀をする。
ハイエルフの長老、いったい何歳なんだろう……?
「はて、千歳を超えたあたりから数えるのをやめてしまいましたので」
「わ、私の心を読んだのですかっ!?」
かっかっかと笑う長老。
「私が聖女様にそんな不敬なこと、するわけがありませんよ。そう聞きたそうな顔をされておられたので、答えたまでです」
長老はお祖母ちゃんの時代から生きているらしいから、千歳どころか二、三千年くらいは生きているはずだ。
『生き字引』の異名は伊達ではなく、それだけ歳を重ねたということは経験も重ねたということだ。
会ってきた人も数知れず、その経験則から相手の所作である程度何を考えているのかが分かるようだ。
こんな人として洗練されているご老人から敬語を使われ敬われるなんて……。
その今まで以上の違和感が僕をくすぐったくした。
「ソラ様、本日はどのようなご用件で?」
「ヴァイスに会いに来たんです。この森にいますか?」
「はい。精霊女王様は奥にいらっしゃいますよ。しかし、意外ですね……」
「意外、ですか?」
真剣な顔をして、どうしたんだろう?
「歴代の聖女様がこの森にいらっしゃるのは決まって春を買って帰るためですから」
「ちょっ!?いきなりなんの話ですかっ!」
「ハイエルフは第64代聖女のロサリン様も愛された種族ですから。見目にだけは自信のある種族でございます故……」
「あら?もしかして大聖女様は欲求不満なのですか?」
「必要とあらば私達がお相手をいたしますよ」
控えていたハイエルフの若い人達が男女問わずに僕に押し寄せてくる。
長老の言う通り、女性はみんなすらっとして広告に出てくるようなモデルさんかと思うほどにとても美しい。
男性も僕の憧れる「力強く、かっこいい」というタイプの人達ではなかったけど、世の女性が放っておかないと思う。
僕にとっては羨ましいほどのイケメン達だった。
「ちょっ、ちょっと!?ソラ様は女性愛者です!それにソラ様はエリス様に見初められたお方。その大切な初めてを奪おうなどと……」
珍しく恋愛に関してはいつもイケイケなソフィア王女が反論してる……。
「あら?ウブね、ソフィア。初めては奪わなくても、やりようはあるのよ。私達は聖女様専用の娼館のようなものでございますから、その辺は弁えておりますよ」
「そ、それにソラ様はサクラ様のように一人のお方を愛するお考えかもしれないじゃありませんか!」
「確かに、元々大聖女様の住まわれていた世界では一夫一婦かもしれませんが、この世界では聖女様が法ですから。妾を持つかどうかは聖女様次第。第85代の篠塚燈様は、『すべてのイケメンとイケメンを生む世界中の人々を守ることが私の使命』と名言を残し、求婚されたイケメンに対し『断るくらいなら死ぬ!』と仰られ、片っ端から結婚して多くの子を授かったことで有名ですよ」
有言実行しているから立派ではあるけれど、それはどちらかというと迷言だと思う……。
「や、やめ……」
わらわらと伸びてくる魔の手達を振り払う僕。
というかそんなことになれば、ここにいるみんなに性別がバレてしまって大変なことになっちゃうよ!
「いい加減にしてください!」
喝を入れたのは意外なことにもエルーちゃん。
その一喝にハイエルフの若い女性達がたじろいだ。
「それはソラ様ご自身がお決めになることです。アピールすること自体は構いませんが、度が過ぎるのは看過できません……!」
「い、一番弟子様がお怒りだぞ!」
「も、申し訳ありません!」
ざわざわとしだすハイエルフの人達。
一番弟子とは紹介していない気がするんだけど……。
ああそうか、魔力量で分かってしまうのか……。
「エルーちゃん、助かったよ。ありがとう」
「ソラ様、欲求不満でしたら私がお手伝いいたしますから……」
「いや流石にそれはメイドのお仕事ではないでしょう……?」
「い、一番弟子様が誘惑しているぞ!」
「なるほど、そうやってアピールすれば良いのですね……!」
意味不明な学びを得ないでほしい。
「ですが、それではソラ様がお辛いでしょう……?」
エルーちゃんは本気で心配してくれているようだ。
邪推していた手前、ちょっと申し訳なくなってきた。
「ごめんね、でも私なら大丈夫だから」
「何を根拠に……」
「清潔」
光魔法のクリーンを自分の下半身に当てる。
「ほら、こうすれば便意も尿意も、欲の素も消し去れるから……」
「そ、そんな……」
なんでそんなにがっかりしているの……?
「ったく、すやすやと眠っておったのに、森がうるさいと我が子達が騒いだせいで起きてしまったではないか!」
森の奥から現れたのは、褐色にエメラルドの髪をなびかせている女性だった。
「ヴァイス!」
「神聖な森の中で何を騒いでおるのじゃ……って、その姿……もしやソラじゃないかえ!?」




