閑話38 気苦労
【橘涼花視点】
「ソーニャ君、出掛けるのか?」
「冒険者ギルド」
「孤児院の子を二人連れて!?」
「オレ達もう10才だからな!」
冒険者には10才からなれる。
私も10才でなりに行ったのが懐かしい。
当時は母上に教わるがままだったな……。
「そうか。だが女の子の方は……」
「わ、私も……なりたいですっ!」
この反応……。
そうか、この男の子に気があるのか。
「これは失礼した、小さきレディ。しかし冒険者には危険がつきものだ」
「お、オレが守るから大丈夫だよ!」
顔を赤くした少年。
おや、どうやら両思いのようだ。
「少年、それだといつか……守れなくなるときが来ることになるよ」
いつかランクが上がってくると、自分自身のことだけで精一杯になってしまう時が来る。
死んでから後悔しても遅いのだ。
「大丈夫」
「ソーニャ君?」
「ミィはソラ様からフェンリル様の闇の加護を貰ってる」
「せ、聖獣様の加護を!?」
「オレは大聖女様から修練の指輪をもらったんだ!」
なるほど、ソラ様は皆を強くすることで守ろうとしているのか。
頭ごなしに否定しようとした自分が情けなくなった。
「すまない、要らない世話だったようだ……。しかし、少し心配だから付いていっても……」
そこまで言いかけて、私は父上を見た。
予想通り、父上は哀しそうな顔をする。
母上が亡くなってからというもの、私が冒険者ギルドに行こうとすると父上が哀しい顔をするようになった。
きっと、私までも失いたくはないと思っているのだろう。
それを見てからというもの、私自身もギルドには足を運ばなくなり、いつしか自主トレーニングをするか時々来るサクラ様と手合わせするだけとなった。
「いや、やっぱり辞め――」
「涼花、行ってきていいよ」
「……いいの?」
父上の意外な心変わりに、動揺してしまった。
「ソラ様への恩返しなのだろう?」
私はこくりと頷く。
ソラ様に助けてもらった命だ。
私は有意義に使いたい。
ソラ様が援助した子に何かあれば、悲しまれるだろう。
単純にそれが嫌だった。
「なら、行ってきなさい」
父上がどうして心変わりしたのかは分からないが、私にとってはありがたかった。
ソーニャ君と子供達を連れ、久方ぶりにハインリヒ支部のギルドに赴くと、ミスティ嬢がこちらに向かって手をブンブンと振っていた。
「涼花様!久しぶりじゃない!元気してた?」
「ああ。ミスティ嬢も元気そうで良かった」
「今日は……あら、珍しいメンバーね」
「この子達の、冒険者登録」
いつものごとく握手を求めてくるミスティ嬢。
「そっか、君達はもう10才なんだね。じゃあこの紙に必要事項書いて、水晶に触れてね。涼花様は何か受けていくの?」
「いや、この子達の初陣の付き添いさ」
「ふふ、『紺碧の刀姫』に付き添って貰えるなんて、貴女達は幸せ者ね」
「やめてくれ、その名は恥ずかしい」
「何言ってるの!Aランクなのに二つ名が付いているなんて、珍しいことなんだから!むしろ、誇らしいことだわ!」
実力で取っているランクだということは確かなのだが、私は家庭教師に習い、亡くなるまでは母上にも稽古を付けてもらっていたのだから、ズルをしたのに褒められている気分になってしまう。
「さ、登録完了よ。初陣は何を受ける?涼花様とソーニャちゃんがいるなら、ちょっと上のランクでも大丈夫よ」
「うーんと……じゃあ、このボアの群れ退治!」
ニック君が元気よく依頼書を取った。
関所を出て西の村に向かう。
「群れ相手は流石に二人にはきついんじゃないか?」
「二人なら大丈夫」
ソーニャ君は自信ありげに答えるが、少し不安だ。
まあボアの群れくらいなら私でなんとかなるから、無理そうならサポートしてあげよう。
西の村の村長と話をして畑に向かうと、畑を荒らすボア達の姿が見えてきた。
豚よりも一回りくらい大きい見た目だが、子供達にとってすればとても大きく見えることだろう。
「ブモォ!」
それが突進してくるのだから、十分に危険な魔物だ。
「オレが守るからミィはサポートお願い!」
ニック君が身体強化を施して駆け、ミィ君に近付くボアに短剣を突き刺していく。
守ると言ったが、確実に倒しているところを見ると、かなりレベルが高いようだ。
「影の棘の森」
ミィ君から伸びた四方八方に伸びた影はそれぞれ鋭利な槍となってボアをまとめて突き刺した。
加護のおかげかもしれないが、この歳で中級魔法を精密なまでに操れ、威力も十分とは。
これは将来が楽しみだ。
「ブオオォ!」
「っ!?」
群れているから警戒してはいたが、やはり群れをまとめるラッシュボアがいたようだ。
ボアが1メートルくらいの高さで、ラッシュボアは2メートル、クラッシュボアなら4メートルにもなる。
大半の人の身長より大きなその体積から猛突進を繰り出すさまは、中級冒険者でも手こずる程だ。
流石になりたてのFランクには荷が重いと刀を抜いたとき、ミィ君の手の平が灰色に光りだした。
「ウォウフ!!」
白く美しき毛並みを携えて現れた聖獣フェンリル様は尻尾を撫でるようにはらうと、大きなラッシュボアが軽々と宙に浮いた。
そのままラッシュボアの左右の斜め上から交差するように魔法陣が現れると、中から上級光魔法のディバインレーザーが伸び、ラッシュボアの身体を交差して突き刺した。
ドシンと音を立てて横になったラッシュボアには、身体から焼けた大きな穴の痕が残っていた。
「は、ははは……」
私の意気込みとはなんだったのかと思うくらい杞憂だったようだ。
だが、杞憂に終わるのならそれでいい。
「リル様、ありがとう!」
フェンリル様に抱きつくミィ君を眺めながら、ギルドにどう報告したものかと考えあぐねる。
「涼花様。フェンリル様、乗せてくれるって」
「……そうか。じゃあ行こうか」
フェンリル様の上に乗ると、そのふんわりとした毛並みがまるでソラ様のように「大丈夫」と言ってくださっているかのように感じた。




