第122話 救済
エレノア様と情報交換を交わしたあと、僕はメイドのシンシアさんが見張りで部屋に入るタイミングで外に出る。
アレクシア女王は病に伏せている。
僕は『患グラス』を装着する。
この王城は回りが湖で囲まれているため、王城内で働く少人数しか辺りに人がいないことになる。
だから今この王城付近で重症の患者判定が出ている人は、女王である可能性が高い。
『患グラス』は疫病の広まりを視認できることもあり、壁の奥に居る人の重症患者も赤いマーカーがつくようになっている。
「見つけた!」
僕は赤い光のある下の階に向かった。
地下に続く階段を進むと小部屋で行き止まりとなっていた。
この先に濃い赤の反応がある。
恐らく女王がいるのはこの先だ。
元に戻す魔法のリカバーでカチャリと鍵を開け扉を開ける。
「ちょちょっと、リタ様!絶対に開けるにゃと自分で仰っておいて、自分が開けにゃいでくださいよ!」
こっちを向かないでそのまま悪態をついてくる獣人の女性は、横たわる女性に魔法をかけていた。
あれは、闇魔法!?
「これで女王様が逃げ出したら私、わわわ悪くありませんからね!!」
リタさんのサンプルは取れた。
あとは強気なもの言いに変え、声のトーンを普段から落とすだけ。
「『貴女がアレクシアを逃がす可能性だってあるでしょう?計画は詰め時が一番慎重を期すべきなのよ』」
幾度となく他人を演じ、気に入らなければ殴られ、叩かれ、怒鳴られ、凶器で傷つけられ、終いにはご飯を食べさせて貰えない環境で磨かれてしまった僕のつまらない特技。
僕を金稼ぎの道具としてしか見ていなかった家族にとって、これが唯一僕を見てくれていた、家族として維持できるようにお互いを繋ぎ止めていた部分でもあった。
「相変わらず慎重ですね……。私は弟の命がかかっていますから、裏切るわけにゃいですよ……」
これで騙せてしまうことに少し申し訳なさを覚える。
「シャイニング・バインド」
「にゃにゃにゃっ!?」
光の糸で獣人の女性を縛り上げると、横に転がった。
白い長髪、とても整った顔。
まるでエレノア様のお母さんかと思うような顔をしているこの女性こそがきっとアレクシア・フィストリア……現フィストリア女王だろう。
「キュアハイヒール」
そう唱えると、すぐさま目を覚まし、むくりと起き上がる女王。
「ここは……それにお前は、モニカか?」
「あ、ああ……ごめんにゃさいごめんにゃさいごめんにゃさい……!私は殺してもいいから、弟はどうか殺さにゃいでください!」
「そうか、お前も人質を取られていたのか……すまない。私が不甲斐ないばかりに……」
「あ、あれ?そういえばリタ様の声がしたはずにゃのに、リタ様がいにゃい……?」
「あ、ああごめんなさい……」
そういえば「一体化」で透明になったままだった……。
僕は獏に頼んで顔だけ見えるようにして貰うと、にょきっと生えたように顔を覗かせた。
「だ、大聖女様の……生首!?」
生首て……。
「……ソラ様が助けてくださったのですね」
「貴女がアレクシア女王で合っていますか?」
「はい。どうして大聖女様がこちらに?」
「聖女学園のお友達で同じ寮生でもあるエレノア様がリタさんに拐われたんです」
そう言うと、アレクシア女王は手を顎につけて考える仕草をする。
そういうところも、エレノア様によく似ている。
「……やはりそうなってしまったか……」
「それより、まだ人質がいるんですか?」
「はい。場所は大方予想がつきます。この王城で大人数を誰にも見られずに閉じ込めておける場所は目星がついております」
人質を取って協力者を作っていたのか……。
「お、弟を助けてくださるのですか!?」
「ええ。それならモニカさんがリタさんに協力する必要もなくなるでしょう?」
「あ、ありがとうございます!」
僕はそれを確認するとモニカさんの縛りを解き、三人を獏の力で透明にする。
「すごい、これが聖獣様のお力……」
「みんなみえにゃくにゃっちゃいました……」
僕からは三人の輪郭が見えるが、聖女でない二人には、自分以外見えないのだろう。
「二人が目で見える私が手を繋いでいますから、案内をお願いします」
「かしこまりました」
「では、行きましょう」
入り組んだ地下の迷路のような構造を全て分かっているかのように進んでいくアレクシア女王。
「この部屋ですが、鍵がかかっています……」
「リカバー」
かちゃりと音がする。
元の状態に戻す魔法は便利だ。
「……聖女様が、こんなに諜報に優れていらっしゃるとは……。いえ、失礼なもの言いでしたね。申し訳ございません」
僕もこっちに来るまで知らなかったよ……。
「いえ……。入りましょう」
中に入ると暗がりの中、そこは数十ではなく、何百と人が収容されていた。
皆手足に枷を嵌められており、飢餓状態でみんな体も痩せ細っているようだ。
「ひ、ひどい……」
衛生面も悪いようで、咳き込む人々も見受けられる。
僕は勝手に手が動いていた。
『――霖雨蒼生の慈悲深き女神よ、今ひと度吾に力を貸し与えたまえ――』
部屋全体を覆い尽くす魔法陣は、すべての人々を包み込んだ。
『――広範囲の特級治癒――』
辺りに光が溢れ、みるみると皆の体力が回復していく。
「な、なんだ!?」
「こ、これは……奇跡だ!」
獏に三人の透明化を解除してもらう。
「女王様……!?」
「それに、大聖女様!」
『――邪を祓い、二豎を浄化せし一滴よ、今ひと度吾に力を貸し与えたまえ――』
ついでに病気も治してしまおう。
『――すべてを浄化せよ、ハイエリア・セラピー!!――』
魔法陣から上に伸びる光が状態異常をことごとく治していく。
「ああ、エリス様の御導きに感謝いたします――」
その後、僕は魔法で枷を外し、皆さんをまとめて『簡易ワープスクロール』で聖女院の僕の部屋へ送ることにした。
ワープ陣は置けば永久にワープできるが、魔法陣の中に入った人しかワープできないので、多くとも一度に5人ずつしか運べない。
その点、簡易ワープスクロールはスクロールに魔力をともした人が指定した範囲内の人や物を全てワープさせる。
指定した範囲が広かったり質量が大きいとそれだけ魔力は持っていかれるようだが、生憎カンスト魔力なので問題ない。
「きゃあ!?」
あ、向こうに人がいるか確認してから送るんだった……。
既にもう朝。
僕の部屋をお掃除してくださっているメイドさんが、突如現れた人という人に驚いていた。
「す、すみません……」
「い、いえ……。お帰りなさいませ、ソラ様」
「すみません、すぐに執事のセバスさんを呼んでいただけますか?」
「は、はい!」
そそくさと出ていくメイドさん。
「お姉ちゃん!」
「無事でよかった……」
モニカさんの弟もいたみたいだ。
今さらになって考えると、ぎゅうぎゅうでも数百人が入る聖女院の僕の部屋は凄いな……。
「ソラ様、およびでしょうか?」
「セバスさん、早くて助かります。この人たちは北の国の王家から捕虜にされていた人たちです。すみませんが、この方々にそれぞれ避難部屋と食べ物と服を用意していただけませんか?」
「かしこまりました」
「あと、事後報告ですみませんがルークさんにこの方々を一時的に匿う旨を伝えていただけますか?」
「仔細承知いたしました」
さっそくメイドさん達を手配してくれるセバスさんに感謝しながら、今後の方針を話すためにアレクシア女王を探した。




