第112話 茶摘
明日はリリエラさんとルークさんのお見合いということで、今日はルークさんとシュライヒ侯爵領へ赴いていた。
「おかえりなさいませ、御坊っちゃま、ソラ様」
「ルーク、ソラちゃん、おかえりなさい」
「ただいま、お義父さん、お義母さん、メルヴィナさん……!」
何気ない「おかえり」と「ただいま」だったけれど、僕にとっては何よりも嬉しいことだった。
「さ、お姉ちゃんが着替えさせて差し上げます!」
「ちょっ、何言い出すんですかメルヴィナさん!?」
「お姉ちゃんとしての役割を果たすだけで、別にソラ様の神秘に触れたいわけではないですよ!ええ、ええ!」
……新手のツンデレ……?
「流石に姉に着替えさせて貰うような年ではないですよ……」
「あら……?このお年頃だとうっかりお姉ちゃんの裸を見てしまって性に目覚めるとか、弟を脱がせて裸を見たら大人びた下半身に男を意識してしまい襲われる弟とか、そういうお約束があるものだと思ったのですが……」
「その知識、大分片寄っていません……?」
一体何を参考にしたのさ……?
というか今、もしかして後者を実践しようとしたってこと……!?
「若いって良いねぇ……」
そんなしみじみと言わないでよ、お義父さん。
お義父さんもまだ若いと思うよ……?
男装……といきたいところだけど、女装に着替えてルークさんと外へ。
僕、だんだん女装の方が違和感なくなってきていて怖いんだけど……。
領地を見て回るのは、主に以前行った『豊穣の祈り』の効果をこの目で確かめたかったからだ。
ゲーム内時間では半年くらい保たれていた祈りの効果だけど、実際にどうかは分からない。
茶畑へ到着すると、精霊が飛び交っていた。
「まだ健在のようですね」
「よかった……」
「あら、ルー坊に大聖女様じゃない!」
茶摘みをしていた力強そうな奥さんが振り向いてこちらに気付くと、僕たちの背中をバシバシと叩く。
「こ、こんにちは……」
「ソラ様、紹介します。この茶畑の管理を任せているマーシーです」
「よろしくね。大聖女様のおかげで、今年はよく採れんのさ!本当にありがとうねぇ!」
そう言いながらバシバシと叩くのはやめない。
「マーシー、流石に気安すぎますよ。ソラ様は小柄なんですから茶葉のように大事に扱ってください」
「あらごめんねぇ!嬉しくてついね!」
辺りを見渡すと、皆さん以前よりせっせと働いていた。
「忙しそうですね……。ちょっとやり過ぎたでしょうか……?」
「なぁに言ってんだい!ただの嬉しい悲鳴だよ!ここを頑張れば、しばらく楽させてもらうさ!」
はっはっはと笑い飛ばすマーシーさん。
いちいち豪快な方だ。
それでも今が忙しいことに変わりはない。
マーシーさんも人手が足りず自らも汗だくになりながら作業していた。
「あのっ、お手伝いさせて貰えませんか?」
「ええっ!?構わないけど……そんな細い身体で大丈夫かい?」
「大丈夫です、これでも頑丈ですから!」
ステータスの暴力とも言う……。
「でしたら私も」
ルークさんも手伝うらしい。
僕は摘みかたのアドバイスを貰うことに。
「芽が若い方が甘く、成長すると渋くなっていくんだ。だからこの真ん中の蕾みたいに見える芯芽とその下の二つの葉までを摘むのが一芯二葉って言って淹れたときに甘くなる贅沢な摘みかたなんだよ。逆に三つの葉までを摘むと淹れたときに渋くなって、葉の量も増えるから量産できるくらい摘めるのさ。今回は一芯三葉でお願いね」
普段何気なく飲んでいるものも、こうして教わると楽しみ方も増えて面白い。
僕は新しい知識に嬉しくなりながら夢中で摘んでいった。
「……ふぅ……。なかなか大変ですね……」
普段使わない腰回りの負担が大きい……。
ふとルークさんを見ると、おばさん達に負けず劣らずで物凄い手際だ。
「ルークさん、すごいですね……」
「ルー坊は若い頃から茶畑に囲まれて育ったからね。昔はよく手伝ってくれたものさ」
屋敷に帰ってきた僕たちを見たメルヴィナさん?
「男子二人で汗だくに……これは捗る冒頭ですね」
何言ってんの、メルヴィナさん……。




