第110話 擬態
「そ、そんな……」
僕はマークさんとセレーナさんのところまで行くと、深々と頭を下げた。
「弟子のせいでこんなことになってしまい、申し訳ありませんでした」
「……。考え直しては、いただけないでしょうか……?」
「……」
恐らく毒はルドルフ公爵令息が用意させたと僕は思っているが、多分本人に聞いても知らぬ存ぜぬを押し通し、最悪誰かの尻尾を切ることだろう。
だがそんなことよりも問題なのは、僕にちょっかいをかける貴族が後を絶たないことだ。
以前のように僕だけが被害を被るなら何も問題はなかったけど、今回は違った。
僕以外の人に迷惑をかけたことが、何よりも一番堪えた。
<ソラ君!ルドルフを診て!>
これは……もしかしてエリス様?
さっきの声はエリス様だったのか。
<早く!>
僕は言われるがまま、『患グラス』を取り出して装着する。
「だ、大聖女様がグレた!?」
「御乱心だ!?」
ウェディングドレスにサングラスというなんともミスマッチな状態だが、そうも言っていられない。
エリス様の指示通りルドルフ公爵令息を診ると、『魅了』となっていた。
「っ!?」
僕は真っ先にルドルフ公爵令息のもとへ潜り込み、首を持ちそのまま壁に押し付ける。
「ぐっ!」
「大聖女様!本当に御乱心なされたか!?」
マグワイア公爵が何か言ったが、僕は気にせず最短の確認方法を取る。
ルドルフ公爵令息を魔力で操っているのなら、直接触ることで魔力探知ができる。
慎重に、そして迅速に魔力の発生源を辿る。
「見つけた!」
言うよりも早くルドルフ公爵令息を解放し、僕は身体強化で相手が逃げるより先に奥にいた執事の顔を掴んでそのまま地面に叩きつける。
「『聖槍ロンギヌス』モード・ドリフター!」
ステータスの暴力で組敷いた執事の上に跨ぎ、地面に押さえつけて逃げられなくすると、観念したのか執事は変化を解き、バフォメットの姿に戻る。
「グギャアアア!」
「魔物!?」
奇声を発し足掻こうとするバフォメットの胸にドリルとなったロンギヌスを突き刺す。
そのまま息絶えたバフォメットは消え、クラフトアイテムの『修練の魔石』を落とした。
エルーちゃんや孤児院のニック君に渡した、『修練の指輪』の素材となるアイテムだ。
「ふぅ……」
『患グラス』を外して戻ると、サクラさん達が駆け寄る。
「迅速すぎるわ。最初ソラちゃんが何をしたいのか分からなかったもの……」
せめてサクラさんには分かって欲しかったな……。
「ルイスさん、あのバフォメットは執事になりすましあなたの息子さんを操っていたようです。あの執事はいつから雇っていましたか?」
「……私は、あんな執事は知りません……」
……おっと、ここでそう来るのか……。
するとサクラさんが前に出る。
「ルイス、黙るのは自由だけど、そうなるとバフォメットが本当にあなたの息子のルドルフを操っていたかどうかも分からないわ。となれば、ルドルフは素面で涼花ちゃんに毒を盛ったことになるわね」
「ぐっ……」
「あなた、そんなに息子と一緒に牢に入りたいの?」
扇子を取り出して広げ口元を隠し、まるで悪役令嬢……いや悪役夫人かのようなサクラさん……。
絶対楽しんでやってるよ、この人……。
「……5年前です」
「そんなに……」
マグワイア家が揃って聖女嫌いのような雰囲気があるのも、バフォメットのせいかもしれない。
静観を決めていたファルス王がついに前に出てきた。
「貴族として人を管理する立場にあるのだから、人を雇うときには『鑑定のメガネ』をつけるのが基本。ルイスよ、貴様はそれを怠りこのような結果を招いた。本来であれば我が国の貴族としてすらいてもらいたくないくらいだが、ソラ様のお陰で最悪の事態は免れた。よってルイスを降格とする。子爵からやり直すがよい!」
「くっ……」
5年にわたって洗脳されていたのだから、彼らもまた被害者だ。
彼らが再びやり直してくれることを期待したい。




