第108話 予感
聖女学園では二年生から騎士科と魔法科に分かれ授業を進める。
魔法科の制服は修道服のようなロングスカート、騎士科はいつも涼花様が着ている乗馬服のようなキュロットとなっている。
だからドレスを身に纏った涼花様は、まるで別人かのように新鮮だった
「っ!タチバナ……様……」
聖女の実の家族の3親等までは政治や統治の権力自体は持たないが、立場としては聖女に次ぐ。
そのためサクラさんの夫のアレンさんや葵さんの夫のブルームさん、実の娘の涼花様はシルヴィアさんの次に地位が高いともいえる。
「先程、レディー・シエラを成果を上げないだけの金魚のフンと称していたが、彼女は遠征でケルベロスの群れ相手にアレン様と共闘し、ほぼ一人で倒している実績がある。貴殿こそあのマグワイア公爵の子息として、同じような成果をあげているのか?」
「ぐっ……」
なるほど、マグワイア公爵は武力で名声を勝ち取った公爵ということか……。
「助かりました。涼花様……ありがとうございます」
「よしてください、ライラ様。学園では私が後輩なのですから……」
「涼花様、ありがとうございます」
「気にしなくていい。それよりも、せっかくの綺麗な御召し物が台無しだな……。ひとまず控え室に案内するよ。シュライヒ侯爵、よろしいですか?」
「え、ええ是非……」
去り際に「聖女のフンめ……」と小声でルドルフ様が言っていたが、僕のことを言っているのか涼花様のことを言っているのか判別がつかなかった。
「さ、入って」
涼花様とともに控え室へ入る。
滴るドレスにリカバーと唱えて綺麗にしていく。
「すまない。もう少し早く声をかけていれば……」
「いえ、助けていただきありがとうございます。それよりも、涼花様まで……」
「あ、ああ……そのことか。母が強い聖女だったからか、比べる人も多くてね……。『聖女のフン』とは昔よく陰口で言われたものさ」
やっぱりあれは涼花様に言っていたのか……。
いくら聖女の力が遺伝しないからといって、その呼び方は流石にひどすぎるだろう。
涼花様は二年生で主席の成績だし、刀術も優れていると聞いている。
今のようになるまで、相当な苦労をされたのだろう。
「涼花様は、いつも私のことを助けてくださいます。他の人のことは分かりませんが、私は素敵な方だと思います」
「ふっ、ありがとう。私は会場に戻るが、しばらくここにいた方がいい」
そう言うと、涼花様は控え室を去る。
一人であたりが静かになり冷静になると、あることに気付いた。
そういえば僕がさっきの飲みかけにした毒の入ったワイングラスがまだ部屋にある……。
間違えて別の人が飲んだら大変だ。
だけどさっき涼花様から言われた手前、すぐに戻るのは気が引ける。
こうなればソラとして行くしかないか……?
だがこの服装のままでは、ソラがシエラだとバレてしまう。
「うーん……腹をくくるか……」
ゲームでもとびきり異質なクラフトアイテムの『聖なるドレス』をアイテムボックスから取り出す。
見た目は白いヴェールと白いドレス、いやただのウェディングドレスともいう……。
防御がちょびっとあがるくらいのものなので、完全にファッション用のアイテムだ。
ヴェールで多少顔が隠れてくれるから、その点はありがたい。
「きゃあああ!?」
着替えてすぐさま会場に戻ると、皆が僕を見て反応するよりも前に悲鳴があがった。
ばたりと倒れる涼花様。
「「涼花様!」」
嫌な予感が的中してしまった。




