第107話 挑発
ライマン公爵家、マクラレン侯爵家、フォークナー伯爵家から離れると、今度はクロース辺境伯家のもとへ。
「あら、これはこれはシュライヒ侯爵様」
「紹介します。娘のシエラです」
「お初にお目にかかります、クロース辺境伯様」
「ごきげんようシエラ様」
あ、ああそうか。
爵位はこっちの方が上だから、こっちからアクションしないといけないんだ……。
「ど、どうかいつも通りでお願い致します、ライラ様」
「ふふ……わかったわ、シエラ」
クロース辺境伯は無口な人だった。
反してマライア辺境伯夫人はお喋りで、クロース辺境伯の二倍喋っていた。
容姿はお母様、喋り方はお父様に似たのだろうか。
「おや、シュライヒ侯爵ではないか。久しいな」
「マグワイア閣下……」
お義父さんがそう言うと、ライラ様が僕のことをぎゅっと抱き締めて隠そうとした。
「貴様があのシュライヒ侯爵令嬢か。小さいな」
一緒にいるということは、マグワイア公爵令息だろうか?
銀髪のオールバックに鋭い目。
僕の逢う年上の男性は揃いも揃って格好いい人ばかりな気がする……。
僕だからいいけど、大分デリカシーがない人のようだ。
「ルイス様、ルドルフ様、ご紹介いたします。シエラ・シュライヒ様です」
ライラ様が紹介とともに名前を教えてくれる。
気が利く人で助かった……。
「お初にお目にかかります、ルイス様、ルドルフ様」
「成り上がりだと聞いていたが、最低限挨拶は出来るようだな」
一々気に障る台詞を敢えて言うのは、言い返した相手の揚げ足を取り蹴落とそうとでもしているのだろうか。
ルドルフ公爵令息は執事が持ってきたワインのようなものが入ったグラスを2つ引ったくると、片方を僕に差し出してきた。
「飲むがいい」
ヤバい……。
思わず差し出されたグラスを受け取っちゃったけど、早速作法がわからない……。
お義父さんとお義母さんはルイス公爵につきっきりだ。
それほどに怒らせるとヤバい人達なんだろうか。
とりあえずルドルフ公爵令息が飲むのに合わせて飲んでみたものの、なんだか盃を交わしたみたいな光景になってしまった。
ピリッとした感覚があったけど、これがお酒の感覚なのかな?
半分くらい飲んで置くと、少しよろめいた。
「……どうした?」
「い、いえ。お酒は初めてなもので……」
そう言うと、ルドルフ公爵令息は目を見開いた。
なんかおかしなことしたかな……?
しばらくすると、体力が減っている感覚があった。
あ、これ毒だったのか……。
じゃあ飲まないのがマナーだったのかな?
こんなよくわからないマナー、聞いたことないんだけど……。
「貴様のように成果を上げないだけの金魚のフンにはなりたくないものだな……」
その言葉に、僕ではなくライラ様の眉がピクッと揺れた。
僕のために怒ってくれているのだろうか?
散々な謂われようだが回りにいる誰も言い返さない辺り、マグワイア公爵がいかに地位が高いかを現している。
「……」
僕も余計なことは言わず口を閉じていよう……。
「これだけ言っても言い返さないとは。それでも名誉ある聖女の弟子か?」
言い返した方が良かったのだろうか?
……いや、恐らくそんなことはないだろう。
言い返したが最後、僕の姉のように理不尽な仕返しが待っている気がする。
ルドルフ公爵令息はほんの少しだけ口をつけたワインと思わしきそれを僕の方へと傾けると、そのまま僕へぶちまけた。
「おっとすまない」
わざとらしい掛け声とともに、僕は見事に全てをドレスに受け止めてしまう。
そしてかかったものもまた毒のようだった。
僕はとことん毒に縁があるな……。
一応リカバーでもとには戻るだろうけど、一生懸命考えて着せてくれたメイドさん達には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
何か焦りが見え始めたルドルフ公爵令息が僕に手を上げようとしたところで、その上げた手をがしっと止める手が現れた。
「流石に目に余るぞ、ルドルフ公爵令息」
そこには静かに怒りを表した涼花様がいた。




