第103話 周回
次の日。
僕とエルーちゃんは山奥にある迷宮に入った。
二人で来ていることもあり、夏場は暑いので今日はラフな男装をしていた。
「ここは暑いね……」
炎属性の魔物が多くいるこの迷宮は本当に暑い。
魔道具で涼しくしていても暑いのだから、相当だ。
僕はシャツをぱたぱたと煽ると、エルーちゃんが顔を覆って隠した。
「ソ、ソラ様……どうしてブラをつけていらっしゃらないのですか!?」
「いや、僕が付けてたら変質者でしょうに……」
「そんなことないです!せ、せめてインナーは付けてくださらないと……み、見えてしまいます……」
「別に男なんだから気にしなくても……」
「ソラ様の性別はソラ様だから駄目なんですっ!」
僕の性別、いつからソラになったの……?
「基本的には僕は手を出さないから」
「ほ、本当に私だけで攻略なんてできるのでしょうか……?」
不安に駆られるエルーちゃん。
だけど、以前渡した消費魔力半減の『漆黒のワンド』二本と魔力自動回復が付いた『精霊のネックレス』を装備している。
「その効率的な装備なら大丈夫だよ。それに、ティスから水の加護を貰ったからね。加護の説明はしたっけ?」
「ええと、確か魔法が使いやすくなると……」
「そ、そっか……」
まあこの間は子供相手の説明だったからね……。
「きちんと説明すると、今のエルーちゃんは水の加護があるから水魔法に必要な魔力が半減、それに水魔法の威力が二倍になるよ」
「ええっ!?」
「水魔法なら両手ワンドと合わせて魔力消費が8分の1になるし、『精霊のネックレス』のおかげですぐに回復するから、中級魔法くらいなら打ちたい放題だよ」
「す、すごいですね……」
僕の後押しに覚悟を決めたエルーちゃんは頷いた。
「わ、私もいつかソラ様の足を引っ張らないように、成長しないと……ですね!それに、私はついていくと約束しましたから……」
律儀に守ってくれるエルーちゃんは優しい子だ。
「じゃあ僕も全力で答えなきゃね!」
「ソラ様、何を……」
「まずは後の事を考えて、これを渡しておくね」
「?」
アイテムボックスけら『修練の指輪』を取り出し、以前聖女祭の時に渡した『護符の指輪』の反対側の指にはめる。
指輪アイテムは片方にひとつずつしか着けられない。
「それをはめている間は経験値が多く貰えるから、これで迷宮攻略をしよう」
そう言うとエルーちゃんはうつむいてしまった。
「どうかした?」
「い、いえ……」
「ブリザード・テンペスト!ブリザード・テンペスト!」
フレイムオークの群れに中級魔法の吹雪の嵐を連発し氷漬けにしていくエルーちゃん。
さっきまではあんなこと言ってたけど、ちょっと楽しそうだ。
「すごいです!全然魔力が減りません!」
「こっちとしても、涼しくて助かるよ」
「ではもっと撃ってソラ様を涼しくしてさしあげないと、ですね!」
「いや、撃ちすぎたら流石に寒くなるよ……」
そうこう言っているうちにボス部屋にたどり着く。
「ボ、ボスも一人で倒すんですよね……?」
「大丈夫。大分レベルが上がっただろうから、そろそろ上級魔法が使えるはずだよ」
意を決してボス部屋の扉を開けるエルーちゃん。
この間のセイクラッド道中の迷宮よりは大分易しい迷宮だから、エルーちゃんが負ける心配はとくにしていない。
ボス部屋の中央にいたのは、フレイマーオークキングという図体の大きな魔物だ。
炎使いの名の通り、身体中が炎でできたような見た目をしており、体に触れるだけで大火傷をしてしまう。
「グ……グオオオオォォォォ!!」
オークキングが雄叫びをあげると、どこからかフレイムオークが十匹程やってきた。
「っ、いきますっ!大洪水!」
上級魔法で水流の波をつくって全てを飲み込む。
「大寒波!」
そのまま反対の杖で波ごと凍らせる。
かっちりと凍ってしまったフレイムオークは一撃だ。
だが流石にフレイマーオークキングは凍らせたくらいでは死なない。
「グオオオオオオオオ!」
雄叫びとともに噴煙が上がると、
「水の池!」
咄嗟に地面を水に変えてオークキングを落とすと、そのまま「氷の卵」と唱え水を残して外側を氷で囲うようにした。
個体で囲うより、液体で囲って反撃の炎の居場所を作らなくしする。
そしてそれを覆うように凍らせることで正確に弱点を維持する。
やはりエルーちゃんは魔法の使い方がとても上手い。
フレイマーオークキングが『魔力のグミ』に変わると、エルーちゃんはふぅと息をついた。
「お疲れ様。流石だね」
「ありがとうございます。こちらは……?」
「『魔力のグミ』だね。食べると最大魔力が5だけ上がるよ。僕はもう使っても上がらないから……。さ、食べて」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
もぐもぐしているエルーちゃんが可愛らしい。
「ごくんっ……しかし、こんなに早く迷宮を攻略できるなんて……」
「まだこれからだよ」
「……へ?」
迷宮の入り口へ戻る魔法陣に乗る。
「まだ午前中だからね。道中の魔物は湧くのに時間がかかるけど、ボスは入り直す度に湧くから。今度は僕も手伝うから、今日のうちに回れるだけ回ってエルーちゃんのレベルと魔力を上げられるだけ上げてしまおう」
「ひ、ひえぇ……」
それから僕らは時間の許す限り同じ迷宮を回り続けた。
途中からは効率のために騎馬戦のように、僕がエルーちゃんを背負って身体強化で走り、エルーちゃんは魔法を放つ係になった。
魔力や体力がなくなってきたら、秘薬を飲んで貰う。
キングオークを倒してグミを食べて貰う。
「も、もうお腹たぷたぷです……」
なんかいろいろと大丈夫かな、その言葉……。
最後には疲れて眠ってしまったエルーちゃん。
流石にやりすぎたか……。
女装に着替えてからギルドに帰って報告しようとしたとき、嫌な予感がした。
「ソラ様……」
「あ……」
炎の迷宮を走り回り汗だくの僕達。
そして眠るエルーちゃんを僕がお姫様抱っこしているこの状況は……。
「まさか、事後だなんて……!?」
……誤解は増すばかりであった。




