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男の大聖女さま!?  作者: たなか
第31章 頽堕委靡
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閑話276 うどん

【花実視点】

 うどん処『いろは』はかつて聖女様も嗜んだうどん屋さんで、その聖女様の名にちなんでつけられたものだと言われている。

 私はそこで働く従業員。


「花実、聞いた?西の国にも『そらいろ』が来たのよ!」

「『そらいろ』って?」

「あんたそんなのも知らないの!?ものを売るお仕事なんだから、もっとそういった貴族や商家の時事は知っておいた方がいいわよ」

「ものを売るってったって、うちはただの出前のうどん屋でしょ……」

「というか、これを開発したのはあの聖女院でソラ様のお父様よ」


 『いろは』では出前も取っている。

 いままで魔電話で出前を取っていた私達だったけれど、最近では聖寮院で1ヶ月分のお勤めを果たすだけでお貴族様が持っている『端末』が平民でも貰えるようになった。

 最近やっと魔電話を購入できたのに、時代は『端末』でなんでもできるようになってしまい、困り果てていたところに救いの手をくれたのは『端末』を普及させている聖女院だった。


 『いろは』は家族共用の端末に届いた出前をお母さんが作って、私が届ける。

 お父さんが亡くなってからは二人で切り盛りしてきた。

 そんな母が「1ヶ月店のことはしなくていいから」と聖寮院に送り出して働かされた。

 博打でしかないと思うのだけれど、わざわざ借金をしてまでそんなことをするメリットが私には分からなかった。


「大聖女様が全世界に向けて発信しているのが『そらいろ』なのよ。大聖女様がこちらにいらっしゃるかもしれないわよ?」

「今は昼過ぎだよ、お母さん。来るわけないじゃない、夢見すぎ。それにそんな夢見てるようなこと言ってるから借金がかさむのよ!」


 きっとお貴族様に騙されたに違いないわ。

 女手ひとつで育ててくれた母親のことは尊敬しているけれど、こういう騙されやすい性格だけは直してほしい。


「邪魔するぜェ!」

「あ、いらっしゃ……金時さん……!?ま、まだ返済日じゃないですよね?」


 柄の悪い獣人の男達がやってくる。


「オイオイ、お前達誰に金借りてんのか分かってんのか?お貴族様だぞ?貴族が決めた返済日にャ従うんだよ」

「で、ですが……お金なんてまだ用意できているわけ……」

「オイオイオイ、貴族に逆らうってのか?金がねぇんじャ、それ以外で払って貰うしかねェよなァ?」

「なっ、まさか……?」

「安心しろって。お前は原男爵のお気に入りだからなァ……」

「ちょっ、やめてっ!?」


 私の髪を掴んで引っ張ると、そのまま肩に担がれてしまった。

 男爵となんて一回顔合わせただけなのに……!


「おかあさ……」

「そんな、やめて花実を……連れていかないで!」


 そのまま玄関から外に連れ出されようとしたその時、玄関からガラガラと扉が開かれた。


「ごめんくださーい、きつねうどんの美味しそうな匂いがして……ってあれ?」


 見紛う筈もない、それは私なんか比べ物にならない、お人形さんのように可愛い女の子がそこにいた。


光の拘束シャイニング・バインド

「うォおおいッ!?」


 白い光が太い縄のようになって一瞬のうちに大男達を縛り上げてしまった。

 自分より小さな女の子にお姫様抱っこされるとは思わず、顔が熱くなる。


「あ、ありがとうございます……」

「ええと、うどんの匂いと看板につられてこちらに来たのですが、どういう状況か説明して頂いても……?」

「主、どうかしたのか?」


 続いてやってきたのは、竜のような尻尾と羽を持った竜人族の女性だった。

 なんかちょっと太ってる……?


「こら、ハープちゃん!そんなに動いちゃだめだってば!」

「問題ない、神龍の殻は神体でできているのだから、そんなことで割れたりはしない」

「やっぱり神龍も卵生なんだ……」

「ああ!産卵のために栄養を蓄える必要があるのだ!だからたらふく食うからな!」

「お金の心配はしなくていいよ」

「流石は主だ!太っ腹!」

「文字通り太っ腹なのはハープちゃんの方でしょ……」


 今神龍って言った……?

 まさかこの人って……!?


「実はお母さんが男爵からお金を借りたみたいで、返済期限まで待ってくれなくて……」

「わ、私が原男爵に騙されたのです!借金をしてもすぐに元が取れると!ですがこのようにお金がなくなったタイミングで取り立てて来るなんて……」

「ハッ!ハナから返済なんて待つわけねェだろ!男爵はこの女を奴隷にして囲うために借金させたんだからな!」


 ひどい、平民をなんだと思ってるの!

 あんな悪趣味なハゲオヤジに捕まるなんて、耐えられない!


「おい、お前ェ!分かってんのか?正義の味方気取りかなんだか知らんがな、男爵に逆らえば、こんなチンケな店くらい吹き飛ぶんだぞ!」

「私はここの店員でもなんでもないですけれど」

「じゃあすっこんでろッ!お前の首くらい、原男爵に頼めばすぐに飛ぶだろうよッ!!」

「ベラベラと内情を話してくれてありがとうございます」

「あァん?」

「お聞きになりましたね、(わたる)陛下?」

<いきなり連絡をおかけになられたと思えば、そのような物言いはおやめになってください、大聖女様>

「こ、国王陛下っ!?」


 端末から空中に写し出されたのは、私達もよく知る(なぎ)の国の王様の姿だった。

 やっぱりこの人は、大聖女ソラ様……!


<ですが、これで男爵を正式に調査する名目ができました>

「そもそも、このようなことになる前に貴族の動向をチェックし未然に防ぐのはあなた達のお仕事ですからね?」

<いやはや、耳の痛い話でございます。男爵家までは管理できておりませんで……>

「聖国を見習ってください。向こうは下の貴族は統括する上位の貴族が管理することで上の貴族の連帯責任としています。全く同じにする必要はありませんが、そうですね……例えば隣接する隣の領地から不正が発覚した場合、放置していた日数に応じてペナルティを課しましょう。そうすればお互いに見て見ぬふりをすることはできなくなるでしょう。また貴族同士結託する可能性もありますから、国内の領地の治安を行脚して確認する部隊を作ることは怠らないようにしてくださいね」

<そうですね。おい、聖女集団恐喝罪で原男爵を家宅捜索せよ>

<はっ!>

「こ、国王陛下だとっ!?」

「さて、ではこの者達は転送しますね」


 ソラ様が陣を敷き放り込むと、男達は一瞬でワープしていった。

 お母さんの言う通りに『そらいろ』のソラ様がこんな平民の食事処に来るなんて、思ってもいなかった。

 そしてあっという間に解決してしまったことに呆けてしまう。


「あ、ありがとうございます!」

「それで、ええと……たくさん食べる龍付きですけれど、うどんを注文しても?」

「はい、いらっしゃいませっ!」


 この後、この一連の内容が『そらいろ』で配信されてうどん処『いろは』はそのソラ様が匂いを気に入るという理由で超有名店になるのだけれど、それはまた別のお話――

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