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男の大聖女さま!?  作者: たなか
第31章 頽堕委靡
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閑話275 牛さん

【ルージュ・テーラー視点】

 ライマン公爵家は主に陶器や磁器で有名であり、沢山の職人を抱えている。


 貴族の嗜みともいえるお茶会で最も重要視されるのはお茶の葉とティーセット。

 その中でもシュライヒ公爵家がお茶の葉『聖茶』を聖女院に献上しているが、そのお茶を注ぐためのティーセットはライマン公爵家から献上されている。

 今やシュライヒ公爵家のことを『茶畑貴族』と馬鹿にする貴族はソラお兄様のおかげでいなくなり、二つの公爵家の品を持つことは貴族としてひとつの財力の誇示やステータスになりつつある。


 聖女院にとっても多くの貴族にとっても日々の生活や他の客人を招くのに必要なこれらの『富裕層の必需品』のひとつのブランドを確立している二つの公爵が手を組み、新しいセット販売を企てている。

 その橋渡しとして選ばれたのが、私とレオルク公爵令息。

 この婚約は誓約ではあるものの、ソラお兄様が用意してくださったもの。

 それがどれだけの経済効果をもたらし、私たちの領地を潤すかは計り知れない。


「レオルク様はまだお若いですのに、領地のお仕事を一緒に考えてくださるのですわ。一人でするものだと思っておりましたのに、こんなものを知ってしまえばもう一人では生きられなくなってしまうかも……」

「ルージュ様、お世辞はその辺りで……!」

「いいえ、レオルク様はもう少し御自身が希少人種であることをお知りになるべきですわ!私の前の婚約者なんて、」

「ルージュちゃん、あんな淫獣を基準にしないこと」

「そうですわね。もうあんな男のことは忘れましょう……」


 諦めていた愛情もレオルク様がくださった。

 公爵家を引き継ぐ都合上仕方ないとはいえ、こんな仕事人間のために毎日素敵な花束をプレゼントしてくださる殿方とは金輪際出会えないかもしれない。

 それだけでなくまるで実の弟かのように可愛らしく一挙手一投足にあわてたり喜んだりしてくださる。

 スカーレット様が御身よりも大切になさるそのお気持ちもわかるというもの。

 ソラお兄様程とまではいかないものの、十分天然記念物だ。


「とはいえ、本日はどのようなご用件で?」

「あら、婚約者がお伺いしてなにか不都合が?」

「いえ、そうではなく。どちらかというと隣にいらっしゃるお方の話です」

「あら、婚約者の義姉(あね)がお伺いして何か不都合が?」

「突然来るなど、歓迎ができないではございませんか」


 普段温厚なノエルお姉さまがぷんぷんと怒るさまは、かつての同級生同士が為せる友人関係か。

 本日ライマン公爵邸に集まっているのはソラお兄様と私、それにノエルお姉さま、スカーレットお姉さま、そしてレオルク様。

 世界を救い天使になられたソラお兄様がこちらにいらしているだけでも特殊すぎて、公爵家の皆様があわてふためいていた。


「そもそも、今日怒っていいのは私の方なんだからね?」

「……どういうことでしょう?」

「元から今日はルージュちゃんと会う予定でスケジュール空けていたの。それなのに、お仕事が溜まりに溜まってるからってここに連れてこられたんだよ?」


 ぷんぷんと怒り返すも、可愛らしすぎて正直抱き締めたくなってしまう。


「もーみんな、仕事しすぎだよっ!もっと休みなさいっ!!」

「それをソラ様がおっしゃるのですか……?」


 予定が秒で詰まっており、子作りすらスケジュールに組み込まれていると専らの噂だが。


「だから私、今日は()()()()()()()()()()()()()()()()()っ!」

「「は……?」」

「ああそこのあなた、この()()()()()()()()()()()()()()

「へ?」


 すると紅茶のおかわりを持ってきたメイドをお兄様は呼び止めた。


「いや、()()()()()()()と言った方がよろしいですかね、トトノさん」

「ど、どうして私の名を……」

「ライト・スタンガン」


 ソラお兄様が豪華なカーペットに手を置くと、扉の向こうからバチリバチリと漏電したかのような音が何回もして、どさりと倒れる音が聞こえてきた。


「っ!?」

「何事ですかっ!」

「外に5人忍んでました。大方ライマン家とシュライヒ家が結束することをよく思っていない間者がライマン家に紛れ込んでいたのでしょう」

「そ、そんな……!」

「こちらはあなたが外の間者達に依頼された毒入りの紅茶ですね?あなたが外に出たタイミングで間者達によってあなたは殺されていました」


 何がなんだかわからない。


「も、申し訳ございませんでしたっっ!!」

「は……?」


 お兄様が嘘を信じているのかと思ったとき、トトノ嬢の方から頭を下げられたのだ。

 まるで未来予知者だ。

 これから起きる全てを知っているのだろうかと思わせてくる神々しさがそこにはあった。


「トトノ、そんな……どうして……!」


 信用していたメイドなだけに、裏切られたことが信じられないでいるようだ。


「大丈夫です、トトノさん。妹さんは保護しました。もう大丈夫ですよ」

「っ……!?どうしてそれを……!?」

「今は影に元凶の貴族を粛清して貰っております。証拠は既に取り揃えておりますし、あなたの政敵ですから潰しても構いませんよね、()()()()()()()()()?」

「はぁ、全く。行動する前に一言くらいくださいな……。どうせ止めても、するのでしょう?」

「ええ!おやりなさい、忍――」

<御意>


 端末の通信で一言伝えると、ソラお兄様は扇子で顔を覆う。

 なるほど、トトノ嬢の妹を人質に取られていたのか。

 そしてそれを知る者が一人もいなかったまま物事は解決してしまっていた。


「ソラ様、()()()()()()()()()()()()

「ふふふ……それは嫌味ですか?」


 そしておそらく先程の物言いから、粛清されたのは私達が頭を悩ませていた貴族達だったのだろう。

 我々の茶葉やティーセットの他国への流通の邪魔をされていたことは知っていた。

 だがそれがかの貴族のせいであるという証拠をつかみ損ねていた。

 そのせいで私達が連日寝れないでいたというのに、あっさりと解決してしまったのだ。

 まさか自分達の屋敷まで忍び込んでいるとは思わなかった。


「ありがとうございます、ソラ様」

「お礼なら影に伝えてください。私は指示しただけですもの」

「それでもトトノを救ってくださったことは、」

「……違うよーっ!もおぉーーっ!」


 急に幼児退行したかのようにぷんぷんと怒りだす。


「ほら、連日あいつらのせいで寝てないんでしょ、ルージュちゃん?ほら、もう仕事なんてせずに寝なさい!」

「で、ですが、ここライマン家……」

「寝ーるーのっ!ほら、レオルク君も手伝って!」

「あ、こらダメですわ……!」

「うふふ、これではどっちが妹なのか分からないですわね」


 確かに、既に私の方が背が少し高いですし、()の身体を気遣う(ソラお兄様)に見えても不思議ではない。


「せめて弟って言いなさいっ!もおぉーーっ!」


 愛くるしい牛さんは、しばらく鳴くのをやめなかった。

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