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男の大聖女さま!?  作者: たなか
第31章 頽堕委靡
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閑話273 忘れる

(みね)(はじめ)視点】

 今や邪神討伐時に起きた出来事はソラの端末に全て保存されていたため、それをぶつ切りにして長編動画として編集してアップロードされているくらいには聖女院チャンネルの人気シリーズとなっている。

 俺たちはソラの嫁達とそれを特注の特大スクリーンにプロジェクターで映して見ながらまったりと休日を満喫していた。


「ふふ、ほら、ハジメお義父様。お腹から挨拶してますよ」

「初孫だからな。溺愛される覚悟を今のうちにしておけよ?」

「ふっ、早くも孫バカだな、ハジメ」

「抜かせ。次はお前の番だろ?」

「う、うるさい!いくら主の父でも、セクハラだぞ!」

「それより、名前は決めたのか?」

「ソラ様と二人で考えて、スカイとエルナに決まりました。あとは産まれてくるのを待つだけです」

「涼花の方は?」

「まだだが、候補はいくつか考えているよ」

「こうも手が早いと、名付けする方も大変だな……」

「手が早いだけではございませんよ。百発百中です」

「……子作りRTAやってんじゃねぇんだぞ?」


 思えば美空がソラを産んだときも早かったな。


「種の強さはお義父様から受け継がれたのですね」

「暗に俺が種○けおじさんだって言いてえのか……?」

「最大限の賛辞のつもりでしたが」

「繁殖力はあった方がオスとしては誇りだろう?臣下の龍達もそう言っていたぞ」

「お前らな……」


 言いたい放題言いやがって、せめて人間で比較しろよ。

 しかし、あいつも梓と一緒でそっちは欲張りみたいだな……。


()()()()()()()()だろうが、俺らが忘れそうだな」

「そういえばソラ様って人の名前間違えませんよね」

「名前を間違えるのは貴族や平民問わずに失礼ですから、羨ましいですね」

「羨ましい?……そうでもないと思うぞ?」


 産まれてくる子に父親の悪口を聴かせたくないのか、エルーシアと涼花はお腹を塞ぎながら反論をしてくる。


「義父上殿、子供のことは素直に褒めた方がいい」

「そうですよ、そのように褒めなかったからソラ様が愛情に飢えるようになってしまったのですから」


 性欲に飢えている奴に言われたかねぇよ。


「違う、褒める褒めないって話じゃねぇよ。覚えるのが早いなんてレベルじゃない。あいつは朝起きてから夜寝るまで起きたこと全部、中学生の頃から映像として記憶してるんだからな」

「全て……?」

「そうだ。全て記憶して、思い出すのも早くできるように()()()んだよ。あいつの場合、忘れたくても、忘れられない。辛いことだってあるだろうよ」

「あっ……」


 脳裏に焼き付いたのはただの記憶じゃない。

 あっちの世界で植え付けられた何百、何千回と殴られ、ナイフを突き付けられ、虐められた過去の一部始終だ。


「この間一度しか見せていない奥義を一発で再現して見せたのは、そのようなからくりだったのだな……」


 記憶力としては羨ましい限りだが、決して手放しに羨ましいとは言えない。

 昨日の事のように覚えているのなら、時間で癒えることができないということだ。

 一度死んでもなお過去の記憶に囚われているのは正直不憫でしかない。


「ですが、ソラ様は教えるのもお上手でしたよ?」

「確かに。もし何でも瞬時に暗記できるのであれば、ソラちゃんは他人が分からない原因が分からないことになりそうではないか?」

「さっき『中学生の頃から』記憶できるように『なった』って言ったろ?あいつのは後天的に得られた、文字通り血の滲む努力の結果だ。あいつは元々天才じゃないからな」


 そう、本来であれば努力して得られたものなのだから褒められるべきものだが、星空(せいら)はそんなことには使わなかった。

 その記憶術のせいでソラをとことん困らせた。


「天才ではない?冗談だろう?同僚の妻たちは皆天才だと思っている筈だ」

「そりゃまだまだわかってねぇなぁ、あいつのこと……」

「で、ですが……それでは腑に落ちない記憶がございます!」

「ん?」

「中等学校時代に暗記が完璧にできているのであれば、相当上位の点数でないとおかしいのでは?」

「確かに、ソラちゃんは向こうの世界でも満点は取っていないし、テストの点数もそこまで上の方ではなかった筈だ」


 あいつはそんな話もしていたのか。

 本当にこいつらには気を許しているんだな。


「ああ、お前達は記憶を見たことあるんだっけか?あれもひでぇ話でなぁ……」


 いや、他人事みたいに言うのは間違ってるか。

 俺はあいつのことを見捨てた、見て見ぬふりをしてしまった張本人なのだから。


「あれ、学校の先生が不正でソラのテスト答案を弄ったらしくてな。星空が春を売っていたことが後々発覚して、買っていた職員が全員捕まったよ」

「そ、そんな……!」

「一部の先生からも虐められていたのはお前達も知っているだろう?星空もわざと点数を落とした答案を用意してまでソラの心をコントロールしたかったんだろう。あいつはソラを一番苦しめたが、ソラを一番愛していた女だったからな」


 当時学校の授業だけが救いなお陰で勉強に熱心に向き合っていたソラの心を折り、「自分には姉に勝つ取り柄がひとつもないから姉には逆らえない」と洗脳するためだけに、長い時間をかけてそんな真似をし続けた。

 邪神討伐ではその過去のトラウマのせいで苦戦していたが、こちらの世界にきたソラが星空に負けることなんてひとつもない。


「あいつが本気を出せば姉を抜くことなんて、簡単にできたんだ。だが星空はソラを愛して支配したいが故に姉よりも劣っていることを示し続けたんだ。あいつ、トラウマになってただろ?」

「愛が歪みすぎている……」

「あいつは、覚えてい続けることを強要されたんだ。一度話したことを二度聴くと殴られた。それに他人が話したことを帰ってから姉が聞いてくることがあった。姉が仕向けた男と会話したことを逐一覚えていないと家に帰っても虐められる。だからそれを回避するには、朝起きてから夜眠るまでに起きたことを全て覚えておくしかない。あいつは殴られないために覚えることを強要されていたんだよ」

「……」

「うっ……ぐすっ」


 孫が産まれてくる前に話せてよかったのかもしれない。

 こんな話は孫には聞かせられないから。


「お前達はよくあいつのことを天才だと持て囃すが、あいつこそまごうことなき秀才だよ。だからこそあいつは頑張って頑張って、努力してきた人に自分を重ねてるんだろう。お前達が良い例だろ?」


 エルーと涼花の二人のことを『特別』と言っているのは、二人が命の恩人だからだけではない。

 もしそれだけならソラはエルーのあとを追って天使にならなかったし、涼花に天使化を求めることもなかった。


「エルーが平民から大聖女ソラの専属メイドになり、名門学園のトップの成績でいたことをあいつは嬉々として俺に話した。涼花が魔法もろくにできず無属性しか使えず、『聖女のフン』呼ばわりされて蔑まれていた過去を、努力のみで払拭したことを嬉しそうに話してくれた。あいつはした努力が他人に押し(自分の)潰されるようなこと(二の舞)が、どうしても許せなかったんだろう」


 俺は流れていたシリーズ動画のうちの一話が終わり映像が途切れると、お茶を飲み干してから立ち上がった。


「だからいつか『忘れる』ことが出来た時が、あいつが真に幸せになれた時なんだろうな……」


 あいつには道を外してしまった実の姉を手にかけさせてしまった。

 本当なら俺がすべきことだったのに、俺がこの世界に来るときにはもう全てが終わってしまっていた。

 だから残りの人生をかけて俺はあいつの幸せを支えていきたい。

 いつか、忘れるその時まで――

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