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男の大聖女さま!?  作者: たなか
第31章 頽堕委靡
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閑話271 せいき

【橘涼花視点】

「ただいま、父上、母上」

「お帰りなさい♪」


 家ではお世話される覚悟を持った母上に、父上が甲斐甲斐しく肩を揉んだり、料理を作っている光景がそこにあった。

 父上がこんなにご機嫌なのは八年ぶりだ。

 何せ死んだ想い人が帰ってきたのだ。

 私でさえ未だに地に足がつかない感覚がしている程だ。


「おかえり。ソラ君と、何かあったのかい?」

「……顔に出てた?」

「ふっ、ブルームじゃあるまいし、娘の事くらい見りゃわかるさ」

「ひどいよ、葵……」

 

 少しは憧れの女性に近付いたかと思っていたが、母親には到底敵わなそうだと思わせてくる。

 それは果たして憧れが神格化しているのかもしれない。

 いつかはこれを越せる人になりたい。


「アタシにとっては、いつまで経ってもあんたは子供だよ。ま、アンタも母親になればわかるさ。悩めよ、若人」




 ◆◆◆◆◆




 端末からセインを起動し、グループビデオ通話をする。

 その相手は、『紺碧薔薇会』の面々だった。


「今、忙しいだろうか?」

『まぁ!』

推し(涼花様)からお電話をいただけるなんて……!』

『お時間など、いくらでも用意させていただきますよ!』


 私を応援してくれているファンの皆の中には、夫人も何人かいる。

 せっかくこうしてお友達になれたことだし、日々の出来事で相談したりしている。

 最近では趣味のぬいぐるみ集めの話もするほどに仲良くなっていた。


「実は相談事があって、夫人である皆にも聞いてみたいのだが……」

『もしかして、お相手を悦ばせる方法ですか?』

『まさか涼花様程のお方で満足できないなんて……』

「いや、それは問題ないのだが」

『そ、そうですわよね』

『いくらソラ様といえど、涼花様で満足いただけないわけありませんものね』

 

 はじめはあの小人のごとき尊い命とパンジーのような儚い笑顔を守れればそれでよかった。

 だが、ただでさえ世界で一番愛しているというのに、私のために母上を生き返らせてくれた。

 また再び逢わせてくれた。


 現金だと言われそうだが、だがそれでも一分一秒と経つごとにソラちゃんのことに着々と想いを寄せてしまうことは止められなかった。

 寄せた想いはどんどん縮まり、やがて私の心はゼロ距離で抱き締めあっているほどに近付いていることに気付いてしまった。

 そう、その行き着く先は――


「私もそろそろお子が……欲しくてね」

『……!?』

『…………まっ!』


 同僚の妻達からも次は私で、私が孕むまで次は産まないなどと頑なにルールを守ってくれる。

 私もそれで満足していたし、ソラちゃんの心の負担になりたくなかったから、ソラちゃんから言ってくるまで我慢するつもりだった。

 だが今、私の方が彼のお子が欲しくて堪らなくなってしまったのだ。


『次は涼花様の番なのですよね?』

「ああ。だがソラちゃんからお子の話をしてこないんだ」

『ソラ様からは?』

「何も。私も時々相手の心が読めればと思うことがあるよ」

『ソラ様も何かお考えがありそうですね』

『私たちであれば、むしろ涼花様から孕ませられたいと思ってしまいますが……』

「確かに。ソラ様も涼花様に植え付けて欲しい側なのかもしれませんよ?」


 彼女達にソラちゃんの性別を説明できないのがもどかしい。

 いつか言える機会があれば共有したいところだ。


『うーん、正直涼花様の大変よろしいそのお顔をお見せになって、「貴女との子が欲しい」と甘く囁けば解決しそうですけれど……』


 そんな簡単に行くのなら私も悩んでいない。




 ◆◆◆◆◆




 通話を終え、手持ち無沙汰になった私は同僚の妻達から教えて貰っていた動画投稿アプリを開く。

 何やらそこでは皆が動画を投稿し、端末さえあれば無料で閲覧することができるらしい。

 閲覧数に応じて広告収入が得られるという仕組みになっており、画期的な新時代の広告事業が産まれてしまった。


 以前エレノア様から魔道具であるワイヤレスイヤホンの使用感のレビューを求められていた。

 これは耳の弱いソラちゃんに試して貰う前に私達に頼ってきたらしく、色んな人の耳で試した母数が欲しいとのことで協力することになった。

 私としてもソラちゃんには報いたいし、エレノア様にはいつも戦闘に必要となる魔道具の開発でお世話になっている。

 私としても断る理由がなかった。


 思えば、イヤホンをつけ、適当に最新の投稿をタップしたのがいけなかった。

 最近ソラちゃんがこのサイトで「えーえすえむあーる」なる音声作品を最近投稿したらしい。


『ああっ!おねぇちゃん?もぉ、まだ寝てるの?この、ねぼ・すけ・さん・めっ♪』

「っ……!」


 こんなことで喜ぶなんて、私はお姉ちゃんだったのか?

 メルヴィナ殿が嬉々としてお姉ちゃんと呼ばれたがるのが今ならわかる気がする。


『お耳の裏側から失礼しまーす♥️』


 まるですぐそばにいるかのように奥行きが感じられるクリアな甘い声は聖女様と言わざるを得ない透き通った女性そのものだった。

 両耳に交互に吐息の篭った甘い声がぞわぞわっと耳の中を駆け抜けていく。

 実際に隣にいるかのような感覚が初めてだったため、本当に近くにいるのではないかと勘違いして、一瞬警戒してしまった。

 だがそこにあるのは私の部屋そのもの。


『お寝坊さんなおねえちゃんが悪いんだから!罰として、キミの「せいき」を……吸っちゃうぞ♪』


 きゅんきゅんと下腹部が締め付けられていく。

 いったい「せいき」とは何なのだろうか?

 本当に「生の気もち」と書いて「せいき」で正しいのだろうか?


 切なさに負けた私はその押さえ付けられた情熱を解き放とうと思わず手を伸ばしてしまう。

 そして手持ち無沙汰な左手でソラちゃんのぬいぐるみを抱き締めていた。


『ちゅ~~~っ』

「んん……っ!!」


 天使かと思ったら、まるでサキュバスのようなシチュエーションに驚く。

 まるで本当に「せいき」を吸われているような感覚さえしてきてしまう。


 駄目だ、こんなことをしていては、世間の期待やソラ君の理想の私とはかけ離れてしまう。

 私はソラ姫を護る王子様で、死するその時まで大天使を守護することを女神様に誓ったのだ。


『はぁぁ………っ!美味しい♪』


 私の「せいき」が、美味しかったとでも言いたいのか?

 胸の高鳴りは収まることを知らなかった。


 だがそれが揺らいだのは、先程まで彼への愛情が限界突破し、子を産みたい衝動が私のことを駆り立てたせいだった。


『もう一回、いくよ?はむっ、ちゅ~~~っ!』

「はぁ……はぁ……ソラちゃん……!んんっっっ!!」


 やがて私は二回目の「せいき」を吸われたのには耐えられなかった。


 そして私に残ったのは、「エルー君がいつもしているようなことを、私も初めて独りでしてしまった」という自己嫌悪だけだった。

 仮にも天使を護る王子がこんなことをしていていいのかと、自責に駆られていた。


『はぁぁ……気持ちよかった』


 だが、それも無意味だった。

 この音声を聞いていると、私の欲は無限に溢れてきてしまうからだ。

 まるで発情期。


 しかしそんな私の発情期を止める事件が起きた。


「ソ、ソラちゃん……!?」


 私の頬には、冷たい手が当たっていた。

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