閑話270 やる事
【奏天視点】
エルーちゃんが妊娠してから一月が経とうとしていた。
エルーちゃんは産休に入るため、メイドのお仕事は代わりに僕がすることになった。
「ソラ様のメイドご奉仕……ごくり」
ごくりじゃないよ。
「そんなに気になるなら東子ちゃん、今夜はこの姿でご奉仕してあげるけど」
「な、なんと甘美なお誘い……!」
「うーん、どうせならもっと属性マシマシにしてはいかがでしょうか?」
「じゃあ……猫耳メイドとか?」
メルヴィナお姉ちゃんの提案に乗り、獣人の耳をぴょこりと出すと、二人とも沸騰したように顔が紅くなる。
「これが、夜のケモノ……!」
「これぞご奉仕獣◯……!」
何言ってんの、この人達……。
なんか猫耳姿、妻達の人気が凄くて、最近よく頼まれるんだよね。
ハーフを産む気がなければ避妊魔道具付けてるときだけしか猫耳の僕とできないからなのかな?
唯一本番がこの姿でできるソーニャさんが羨ましがられてたっけ。
「いちゃついてないで仕事してください」
シンシアさんに怒られてしまった。
「でも今日はお休みだというのに、朝はメイドさんとしてのお仕事の後親衛隊達と迷宮に入りステータス上げ、昼間に『そらいろ』の収録をして、夜はおつとめ。これでは、ソラ様が休まる時間がないのでは?」
「いいの!私はやりたいことやってるんだから」
「うっ……」
「エルーシア様っ!」
「エルーちゃん!」
よろけるエルーちゃんに、僕は一つの可能性を見出だす。
えっ、嘘……もしかして、もう悪阻なのっ!?
「ヒール!」
「はぁ、はぁ……ありがとうございます……」
「向こうの人だと悪阻って妊娠2ヶ月くらいのはずだよね。あ、でもこっちの人の場合魔力で成長が早いんだっけ?」
「はい。ですが、神力がある子は更に倍で早く生まれるそうですよ」
「ってことは、あと2ヶ月くらいでもう生まれるの!?」
「はい。男の子と女の子の双子です」
双子っ!?
「な、名前を考えなくちゃ!」
「それはおいおいでよろしいですから。夜にゆっくりと決めましょうね」
「で、でも……」
「それよりソラ様。『ヤることをヤっている』のでしたら、どうして私以外にはまだ妊娠させていらっしゃらないのですか?」
「いや、そういう意味で言ったんじゃないから……」
「ちゃんと答えてください!」
「そ、それは……」
エルーちゃんは僕に詰めるようにそう問いかけてくる。
「順当にいけば、次は涼花様ですよね?」
妻同士の話し合いの末、恋人になった順に子を授かるようにという鉄の掟があるらしい。
だからエルーちゃんが一番最初だったし、次は涼花さんが妊娠するまで誰も避妊魔道具を外してしないようにと徹底している。
「でも、今はエルーちゃんの子の方が大事だし……」
「ソラ様、今逃げてもどのみち直面することになりますよ?」
「後がつかえているのですから、さっさと『ヤることをヤって』いただきたいところですね。私はもう既に行き遅れでございますから……」
メルヴィナお姉ちゃんが行き遅れのはずがないでしょ。
妻の中ではお胸もお尻も一番大きいし……その、一番柔らかいし……。
「うふふふ、エルーシア様のようにハリがないと思っていましたが、ご満足いただけているようで何よりです」
「もぉぉ、勝手に心読まないでっ!!」
「あら、つい癖で……。ご安心を。このようなことは旦那様にしか致しませんから♪」
僕が安心できないんだが……。
「ソラ様のお悩みは既に分かっております」
「ですが、その事について、涼花様とお話はいたしましたか?」
「う……」
「お話、きちんとしましょうね?」
◆◆◆◆◆
最近エルーちゃんに付きっきりで、他の事をおろそかにしていることを当の本人に指摘されてしまった。
結婚式で葵お義母さんに宣言したというのに、涼花さんを大事にしないのは違うよね。
本日の収録を終えたあとエルーちゃんに詰められ涼花さんの居場所を探すと、どうやら今日は実家に帰っていたらしい。
端末で訊いてみたところ返事が返ってこなかったので、なんかお取り込み中かな?
「おやまぁ!ソラ君じゃないか!」
「んぐっ、葵お義母はん、ぐるひぃ……」
「葵、ソラ様が可愛いのはわかるけれど、解放して差し上げなさい」
勢いよく抱き締めるのは母親譲りなのかと思うくらい、思い切り力強く抱き締められる。
「ああ、すまないね……。どうもこの天使の力はまだ制御に慣れなくて。おかえり、ソラ君」
「ぷはぁ……ただいま、葵お義母さん。でも、今度からやさしく抱き締めてくださいね。その方が好きですから」
「まったく、甘え上手な子だね……」
葵お義母さんはぽんぽんと僕の頭を撫でてくれる。
「アンタは涼花と一度話をした方がいいよ。あの子もアンタの悩みくらい察しているつもりさ」
葵お義母さんには僕の悩みを相談したわけじゃないのに……涼花さんが伝えたのかな?
でも五年前に亡くなった人が帰ってきたのだ。
その失われた時間を取り戻すように沢山話をするようにしているのだろう。
「少し、妬けちゃいます……」
「全く、可愛いこと言うじゃないか……。本当に男なのか心配になってくるね」
「もーっ!お義母さん!」
ぷくりと頬を膨らませていると、なでなでがやがてわしゃわしゃへと変わる。
「はっはっは!すまないね。じゃあ、お邪魔虫は退散しよう。私はブルームと逢瀬に行ってくるから、さっさと決着をつけなさい」
「あ、葵っ……!待ってくれ」
そう言って葵お義母さんはブルームお義父さんと共に外に出ていってしまった。
葵お義母さんは亡くなったのが涼花さんが成人する前くらいだから今30代の姿なんだよね。
ブルームお義父さんは葵お義母さんより年下だから、少し年は上だけどそれでも30代。
僕が言えた立場じゃないけれど、まだ二人とも若いよね。
だから生き返った今、子供を作るにも最後のチャンスだとして妊活をしているのだそうだ。
僕らを二人きりにするための言い訳かもしれないが、もしかすると向こうは向こうでよろしくやってくるのかもしれない。
「涼花さん、クッキー貰ってきたんだ。一緒に食べな……」
二階へと上がり、涼花さんのぬいぐるみ部屋へノックしても返事がなかったので恐る恐る入ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「っ……!?」
相変わらず可愛らしい動物達の中に囲まれた部屋だが、ベッドの周囲にはデフォルメした僕の姿のぬいぐるみが沢山綺麗に並んでいた。
そのベッドの上にあったいわゆる『ソラぬいぐるみ』の中で一番大きいものを、涼花さんは抱き締めていた。
「はぁ……はぁ……ソラちゃん……!んんっっっ!!」
僕好みの黒のレースの下着だけの姿で足を交差し快感が頂点に達し震えている涼花さんの姿は裸でいるよりずっと扇情的で、見ている僕ですら爆発しそうだった。
だが問題はそこではない。
僕の声を呼ぶも、その目は僕を写しているわけではなく、夢想していた。
そして胸ははだけ、左手はソラぬいぐるみに抱きつき、そして右手はおまたに伸びていた。
あの涼花さんが、なんと『独りで』していた形跡がそこにあった。




