第1000話 母娘
母親が常識人である可能性を頭の中から排除してしまっていた。
いや、その言い方だとここにいるそれ以外全員が非常識人だと言っているような気もするが、価値観的には昔の僕や葵さんが正しかったはずなんだ……。
でもそれを忘れるくらいには僕もこの世界に毒されてきたのかもしれない。
三年って、短いようで長いよ。
「確かに聖女の中には梓さんのような性豪もいたが……」
「う、うちの従姉がすみません……」
「ああ、そういや彼女も嶺の……なるほどね」
毎度のことだけど、梓お姉ちゃんって肯定的な理由で話題に出されたこと、ただの一度もないな……。
「だが、その毒牙に私の娘を巻き込むのはいただけないね」
「お、お願いですっ、葵お義母さんっ!」
僕は葵さんの手をそっと優しく取ると、彼女は思わず顔を虚空に反らした。
「くぅ……ッ!?な、ななななんだこの愛くるしい天使は……ッ!!」
耳が紅くなって、心の落ち着きがなくなる。
ああ、母娘って似るんだな……。
「これで付いてるなんて、一体全体誰が信じるって言うんだいッ!?」
どうして初対面の聖女はみんな、僕の息子を認知してくれないの……?
そういう呪いにでもかかってるの?
「でも、認めてもらわないと、結婚式ができないです。何をしたら赦してくださいますか……?」
「ひ、卑猥なことをする気はないよッ!」
いや、そんなこと聞いてないって。
「母上。私は最初の婚約者であるエルー君と二人で相談して決めたんだ。ソラちゃんは本来エルー君だけを選ぶつもりだったんだ。無理を言ったのは私達の方で、ソラちゃんは何も悪くないんだよ」
「む、むぅ……」
「ソラちゃんはこの世界を何度も救った、いわば私達の命の恩人だ。だからソラちゃんと結婚しないのならば、私は独身を貫いて死ぬとエリス様と父上に誓ったんだ。彼女は私のただ一人の特別なんだ!」
ここまでお膳立てされて、なにも言わない僕ではない。
「葵、私も葵のことは特別だと思っています。だからどうか涼花の一生に一度の晴れ舞台を見守ってくれないでしょうか」
「アンタまで……」
「わ、私も涼花さんのことは、命の恩人で、特別なんですっ!葵お義母さん、どうか涼花さんを私にください!」
「全く、これじゃあアタシが悪者みたいじゃないか……」
「母上……」
三人で頭を下げるも、葵さんは相変わらず僕に視線が合わないまま顔を起こさせる。
「娘を泣かせたら、承知しないからね」
「大丈夫さ、いつも哭かせてるのは私の方だから」
『なく』の字違うでしょ、絶対。
「全く、誰に似たんだか……」
『やっと私の番ね!』
真っ白のオーバーレースを付けたおそろいのウェディングドレスを身に纏い、僕は現人女神様に指環を付ける。
その瞬間に指環は光り出し、空に虹をかけたのだ。
「素敵……!」
「この世界に連れてきてくれて、本当にありがとうございました」
『なぁに、改まって……?』
「あっちの世界で味方は一人もいないなんてずっと思っていましたが、あの時から私にはずっと見てくださっている女神様がいたんですよね」
『……』
本人としてはこちらの世界を覗いていただけかもしれないけれど、僕が悲しいときも、寂しいときも、辛いときも、苦しいときも、ずっと見ていてくれた。
「私、そんなエリス様が大好きなんです。私を愛し、私の愛した全てを愛してくれる、そんなエリス様を私は愛しています」
『私も、前世からあなたを愛しているわ』
あの僕に会うだけで顔を赤らめて奇行に走る女神様の姿はもうない。
「ふふ、もう全部知ってます。一緒に愛を育んでいきましょうね」
誓いの口付けは、長いようで短かった。




