第999話 橘葵
それは結婚式より少し前のこと。
「聖者転生?」
『そうよ』
「って、何です?」
『聖女を天使に生まれ変わらせるための神の法よ』
神法。
それは神力を使って起こす女神の奇跡。
「死んだ聖女が、生き返るんですか……?」
『正確には違うわ。生まれ変わるのよ。アオイを天使にするの』
まさかそれが、葵さんを復活させるほどの奇跡を生めるとは予想だにしていなかった。
「それは私達のような大天使と何か違うのですか?」
『大天使と違って寿命があるわ。でもハイエルフくらい長生きするかもね』
ええ……ハイエルフって二千年くらい生きるって言われてるじゃん……。
でもそっか、もう少し待てればメルヴィナお姉ちゃんも寿命をなくすことはなかったのか。
まぁそんなこと言ったらメルヴィナお姉ちゃんに怒られそうだが。
「転生って、記憶は蘇るんですか?」
『ええ。でも完全に蘇らせるのに凄い時間がかかってね。一番近いアオイの分だけでも1ヶ月かかったのよ?ソラ君のこと無視しちゃったみたいになって、ごめんねぇ……!』
「そんな、言ってくれれば…………」
一番近い……分……。
「……」
『ソラ君?』
記憶が蘇ったまま、生き返る……。
僕は今、考えてはいけないことを考えている気がする。
でも、それが本当であればいいなんて、都合のいいことを考えていた。
「そ、それって……ぐすぅっ、もしかしてぇ……っ!」
『ああ。アズサも、カエデも、できるわよ?」
その言葉に、僕はどれだけ救われただろうか?
従姉を失い、祖母を失い、ケンカ別れした僕にとって、それは希望となった。
「取ってくるのにとっても、とっても時間がかかるけれど、待っていられるかしら?』
ああ、エリス様は僕が何万年と生きるのに飽きないように、生きる理由を作ってくれたのだ。
「ぐすっ、私は……幸せ者ですねっ」
『そうよぉ?ソラ君は、世界で一番幸せ者にならなきゃいけないんだからっ!』
「は、母上っ……!」
「アタシの若い頃に似てきたね……いや、良いオンナになったよ」
少し董が立っているものの、髪色以外は涼花さんに似ているような気がする。
黒く長い髪は美しいほどにサラサラとしていて、涼花さんの髪のさわり心地はこの人が元だったのかと思わせる。
ブルームさんが穏やかな人なだけに、その格好良さはどこから来たのかと思っていたが、この人を間近に見ると母親譲りなことは目に見えてわかる。
「葵……」
「ブルーム、アンタは少し老けたかい……?ほら、泣くんじゃないよ二人して!今日はハレの日だろう?」
「葵さんっ!!」
サクラさんが年甲斐もなく、葵さんのもとへ向かって抱きついたのだ。
「おや、その姿……まさかサクラちゃんかい!?それにアンタはアレン坊!」
「いい歳なんですから、坊はやめてくださいよ、アオイ様……」
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……!」
「ふっ、アタシはアンタ達を守れたんだね……。しかし、あの泣き虫な嬢ちゃんが立派なオンナになったもんだねぇ」
「もう1児の母ですよ」
葵さんは大人気だ。
それもそのはず、魔王と死闘を繰り広げて立派に五国を守った聖女なのだから。
「母上っ、紹介したい人が沢山いるんです」
「ああ、お前さんが涼花の……」
「は、はいっ!葵さん初めまして……」
涼花さんが僕を紹介しようと手をとった時、葵さんは僕の両肩を掴んだ。
「なんとまあ可愛い嬢ちゃんだいっ!!」
「ひゃあっ!?」
凄い勢いで頬擦りしてくる。
愛情表現が激しい人みたいだ。
「すまない、母上は可愛いものに目がなくてね。すまないが、されるがままになってくれ」
そういえばブルームさんからも可愛い物好きだって聞いていたような。
いや、誰か止めてぇ!
「あ、あの……私っ、聖女の奏天と申します!」
「……ん?どういうことだい?」
「へ……?」
止まってくれたのはいいものの、その顔は険しいものに変わっていく。
「カナデ・ソラ君っていえば、確か……エリスのイイヒトだろう?アンタ、一体どういうつもりだい……?」
あっ……僕、死ぬかも……!?




